佐助邸あれこれ

1月21日は大寒でしたが、この暦の文字に合わせたように前日の20日には、当地にも雪が降りました。名古屋の積雪も9センチとかで、佐助邸も今冬初めての雪景色となりました。例年なら年に1~2度のこの雪景色、お部屋から猫間障子を通しての風情、おそらく多くの先人達もゆっくり楽しまれたのではないでしょうか。
平成28年の干支は「申(さる)」ですが、漢字「申」の意味は、「申」イコール「猿」ではないのだそうです。その昔、当時は字を読めない人が多かったため十二支を覚えやすくするために、動物を当てはめたと言われています。本来の「申」は「しん」と読み、「雷」の元字で稲妻を表した象形文字とのことです。雷(神鳴り)は神が起こすと考えられており、示偏(しめすへん)を付けると「神」の漢字ができます。全て受け売りですが、このように一文字にも奥深い意味があるようです。(種々の学説があるようですが)
この猿を求めて佐助邸内を探りますと、見過ごしてしまいそうですが、大広間の袋戸棚の板戸には申(猿)と午(馬)が描かれていました。この建物は大正5年に豊田利三郎(注1)・愛子夫妻の住宅として建築され、大正7年に白壁(注2)に移転、その後、大正12年に和館が増築され、佐助さんが西区より移住されました。この二人の干支が申(利三郎さん)と、午(佐助さん)なのですが偶然でしょうか?(ある著名な学者は、お二人の干支に合わせたのではないかと述べられています)。ここに嵌められた時期は定かではありませんが、ここにも貴重な歴史の「証し」があるのでしょうか。邸内をつぶさに調べると、まだまだ多くの謎があるのかも知れません。皆さまもじっくりと探してみてください。

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雪化粧をした前庭 馬と猿が仲良く

注1:佐吉さんの長女愛子さんと結婚、婿養子となり豊田姓となる
豊田自動織機製作所の初代社長

注2:大正7年、白壁町に豪邸(1,000余坪)を新築、移転
現在、旧豊田利三郎邸は門・塀のみが残され、邸宅はマンションとなっている

東区文化のみち ガイドボランティアの会

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