本年4月頃、名古屋東照宮を訪れた際、御本殿が近いうちに補修工事に入ることを伺い、さらに工事着手前に内部を拝見させていただけることになりました。
 そして去る5月22日(月)、名古屋東照宮を正式参拝する機会に恵まれ、その上、宮司様から名古屋東照宮の起源や、東照宮御鎮座400年記念にいたる歴史などについて、詳細に且つ具体的に大変貴重なお話しを伺うことができました。

 名古屋東照宮の創建は元和5年(1619)に尾張徳川家初代藩主、徳川義直により名古屋城三之丸に社殿を創建された。創建当時の建物は国宝であったが、戦災に遭い消失してしまい現在の本殿は、義直公の正室高原院殿(春姫様)の霊廟(注1)を移築したものであることなどのお話しを伺うことが出来ました。 

 境内に入ると、先ず手水舎で身を清め、ご本殿へご案内いただきました。
ご拝殿においては、宮司様のご指導、ご指示に従い神事は厳粛な雰囲気の中で執り行われました。
 拝殿内の随所に浅野家(春姫様の実家)の家紋が刻まれていることも初めて知ることでした。初めて見るその荘厳さにただただ感嘆するばかりでした。
 内陣の天井画は狩野探幽派の絵師の作品であり、室内に施された彫刻の一つひとつに当時を彷彿とさせるものがあり、その見事な彩色に往時を偲ぶことができ、貴重な体験にもなりました。

 「名古屋祭」は東照宮創建の1年前(1618)、名古屋城の一角で家康の三回忌を祀ったことから始まりました。のちに魂を御輿に移し、元和6年(1620)御旅所を、若宮八幡社の北に設け神幸行事を行ったのが始まりとのことです。この神幸行事が山車祭のルーツであるとのことでした。戦前は、各町内から9両の「からくり山車」が出て、名古屋の町を練り歩く盛大な祭礼だったそうです。
 1輛目が東照宮に着いたとき9輛目はまだスタートしていなかったという逸話も残っているそうです。残念ながら、この山車も戦災で焼失し、現在は神事のみが残り、毎年4月16日舞楽奉納,翌17日(注2)に大祭が行われています。16日に行われる舞楽は、幽玄の世界へと誘ってくれるほどの舞が奉納されます。必見の価値はあると思います、是非一度ご覧ください。

 壮大な歴史の変遷や当時の生活を偲ぶ貴重な研修の場となりました。宮司様から濃やかなご配慮を頂き、そして多くを学ぶことが出来たこんな機会をいただけましたことに、心から感謝申し上げます。ありがとうございました。
(東照宮の栞参照)

   名古屋東照宮    正式参拝の様子
 内陣天井画(狩野派作)      小組天井
  随所に浅野家の家紋   当時の山車祭の様子
 
 東照宮御大祭(舞楽奉納)  東照宮御大祭(舞楽奉納)

注1:慶安4年(1651)建立。昭和35年県重文に指定
注2:家康の命日