「東区文化のみちガイドボランティアの会」が名古屋市東区「文化のみち」の魅力を紹介します
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石造物

芭蕉句碑(三日月塚)

 P3011545了義院そっと近づく春の足音に誘われて、町へ散策に出かけました。鳥居と堂宇(注1:参照)が一緒にある珍しいお寺に遭遇しました。ここは「妙見山 了義院」(注2:参照)です。通称・大曽根の妙見山とよばれているそうで、芭蕉の句碑「三日月塚」を見つけました。そこは坂の上にあり、洲を一望のうちに収める願望絶佳なところなので、元禄の頃、俳人芭蕉が足を止め「泊船集」にも詠まれ残されています。門下生、五條坊木児が芭蕉の50回忌に句碑を建てたものの、戦災で損壊し、今はセメントで補ったその旧碑と、新碑が並んで建っています。鳥居や釈迦坐像石仏にも弾痕が生々しく残っていました。(「妙見山 了義院」資料から抜粋)

 注1:「宇」はのきの意、堂の建物
 注2:妙見山とは、能勢にある妙見宮で商売繁盛の神様。妙見さま(妙見大菩薩像)が
    祀ってあるとのこと。「妙見さま」のお寺には鳥居があるそうです。(お庫裏さまのお話) 

IMAGE324新旧 P3011554弾痕
  新旧の芭蕉碑(右が破損された碑)      お釈迦様の胸に弾痕
★P3011555三日月塚新 ★P3011559弾痕
”有とある たとへにも似ず 三日の月”   鳥居にもくっきりと・・・

徳川園のこのごろ

 「梅一輪、一輪ほどの暖かさ」の名句の通り、庭に可愛らしい一輪を・・そしてまた一輪を見つけました。春の訪れも、もう間近でしょう。
 そこで今回は、園内の「石」に目を向けてみたいと思います。徳川園は「〜変化に富んだ景観を劇的に展開する構成〜」とパンフレットにも記されているように、その大役を「様々な石」も担っています。これらの石を、花との共演として順次ご紹介していきたいと思います。初回はちょっと見逃してしまいそうな「石」です。藁がこいの中で今、華麗に咲く牡丹園(冬牡丹)、その東階段脇に「刻印石」を見つけることができます。園内外にはまだあるかも知れませんよ。
  この他、園内の所々に配置されている「関守石」、「景石」等々をゆっくりとご覧下さい。散策の途中で、思わぬ石たちと巡り会うことができると思います。
 注1:刻印石とは、名古屋城築城の際に採石されたもので、大名家の刻印だともいわれていますが諸説あるようです。
 注2、関守石とは露地の飛び石の上に置いて通行止の標識代わりとするもので、留石ともいう。

★P2211430梅 ★P2211412刻印石浅野
    春を告げる 梅一輪 紀伊浅野家の刻印石と言われていますが・・・
★P2221446関守石 ▲P2211408さざれ石
      露地脇の関守石     さざれ石(大曽根門)

佐助邸あれこれ

 今回は佐助邸の前庭・主庭の庭石をご紹介したいと思います。玄関へのアプローチには景石と植栽が四季折々の景観でお客様を優しく迎えてくれます。
 木戸をくぐり主庭に入り飛石伝いに進むと、和館の次の間の縁先には根府川石、書院前には巨大な鞍馬石の沓脱石が配置されています。これらの庭石は和館を一層引き立たせ、静寂の世界へと誘います。その先には濡れ鷺灯籠、さらにその奥には池泉回遊の園路と庭園が続きます。細長い池(現在は枯流れ)の護岸には景石が配置され、雪見灯籠ともども景観のポイントになっています。おそらく佐助さんも、この落ち着いた和館と、一体化した庭をゆっくりと歩まれたことでしょう。視点を変え邸内からお庭を、直接お庭から建物をご覧いただくのも一興かと存じますが、いかがでしょうか。

P1281112.前庭左JPG P1281122沓脱石2
     前庭から玄関へ        鞍馬石の沓脱石
★P2071228手水鉢 ★P2071227手水鉢・灯籠
    縁先手水鉢(銘石が配置されている)      縁側から池泉回遊の庭へ  
★P1241078 ★P1281116飛び石・灯籠2
    様々な景石が豪放さを演出して    飛石の先には・・・ 

井上士朗句碑

 東区には沢山の句碑、道標、石造物などがあります。今年は神社仏閣にある石碑、又は徳川園にある石造物、石。その他佐助邸で見つけた石など石についての話題を取上げてみたいと思います。
 泉二丁目5、旧鍋屋町二丁目を少し北に入ったところに大光寺があります。ここは平岩親吉(ちかよし)ゆかりの寺で甲州から清須、さらに慶長15年(1610)から始まった清須越で現在地に移った日蓮宗の寺です。この大光寺山門の左手には「井上士朗宅跡」と書かれた石碑が見られます。士朗はこの大光寺の南隣に住んだ江戸時代中期の俳人で町医者でもありました。通称「専庵」と言われ、患者があふれ大光寺東側の南北の道を「専庵横丁」と云われたほどでした。

DSC00025井上士朗宅 士朗宅はこの大光寺の南にありましたが、(この写真では道路の左)民家となり石碑は大光寺敷地内に建てられました。
DSC00028句碑縮小 この境内の奥にある句碑です。
「山里の 月夜を運べ 庭の松」
と刻まれています。かつての屋敷には大きな士朗自慢の赤松があり、病床にあった士朗が庭の松にせめてここに月を運んでくれと想いを寄せて詠んだものです。  
 
 (昭和42年5月建立)
 Scan1   江戸時代を代表する俳人で画家の与謝蕪村が、名古屋の俳人、井上士朗らにあてた絵入りの手紙を名古屋市博物館が入手。
「尾張名古屋は士朗でもつ」と名前と「城」をかけた駄じゃれが書かれている。 

 (平成19年1月7日、中日新聞より)

東寺町一帯   その1 石碑

 前回で紹介しました東桜会館のある一帯は「東寺町(ひがしてらまち)」と呼ばれ、1610年から始まった名古屋城築城により清須にあった寺をそっくり移した清須越によってつくられました。旧松山町には浄土宗、曹洞宗の寺が集められ、旧法華寺町(ほっけてらまち)には日蓮宗の寺が集められました。広い寺域は戦いのときの見張り、陣地として役立ち城の防衛上の役目も果たしたのです。昭和20年の空襲により、寺院の焼失や戦後の都市計画による寺院の移転、道路拡張などで寺の姿は大きく変わりました。
 東桜会館南にあるこの寺町碑は日蓮宗、法輪寺創建400年、立教750年記念として平成13年に建立されました。

CIMG0837石碑と法華寺町 CIMG0806ブログ用
      寺町碑がある旧法華寺町    この石碑には「旧法華寺町には日蓮宗の寺
   18ケ寺が集められました」と書かれています
  

★「東区文化のみちガイドボランティアの会」ではこの東寺町一帯を依頼ガイドにてご案内しています。(時間は2時間くらい)このホームページ、トップの「ガイドについて」からお入りいただき申し込みフォームからお申込みをしていただくと、ホームページからもご予約いただけます。この機会に、今なお往時を物語る東寺町周辺を歩いてみませんか。

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開館日とガイド実施時間

◆旧豊田佐助邸
月曜日休館(祭日が月曜日なら翌日)
開館時間: 10:00~15:30
ガイド常駐日:火、木、土
◆文化のみち二葉館
月曜日休館(祭日が月曜日なら翌日)
開館時間: 10:00~17:00
定時ガイド: 火、木、土
10:45、13:20の2回
30~40分
◆徳川園
月曜日休園
開園時間: 9:30~17:30
定時ガイド: 金曜日
13:00~15:30

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