「東区文化のみちガイドボランティアの会」が名古屋市東区「文化のみち」の魅力を紹介します
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石造物

徳川園のこのごろ

 P5240686湖風景今、庭園一面は目映いばかりの新緑です。今回は、その規模、素材を現世にまで誇示する大名庭園を紹介します。黒門口を入り橋の上から北の方向を見ると、荘厳な守護石が目に入ってきます。海のゾーンを散策しながら龍仙湖の西湖堤を渡り、ボタン園側から(逆コースも可)島巡り(注1)をしていく途中では、守護石や豪壮な石が見られます。これと対比して、その周辺には優しくサツキが咲いています。そして最後は湖上に浮かぶ亀島です。島を渡り観仙楼に向かうと湖岸に30tはあるといわれる「さざなみ石」が静かに横たわっています。そしてその後は「龍門の瀧」の雄大な滝と、龍伝説にも思いを馳せられたら如何でしょう。ゆっくり森林浴をしながら、木々や水面、石としばし会話をしてみるのも乙なものではないでしょうか。
★当会では毎週金曜日、13時〜15時30分  定時ガイドを行っています。

P5240689黒門から P5240681守護石
    新緑越しに見える守護石    花との競演(守護石)
P5240684亀島 P2211426さざれ石
      亀島と西湖堤      さざなみ石

  注1:龍仙湖は三河湾を模して作られており、湾に浮かぶ三つの島、「篠島・日間賀島・ 
     佐久島」を橋で繋いで島巡りを楽しんでいただけます。

石井 垂穂(たりほ) 歌碑 

 新緑に誘われ、東区の東北部、矢田川南岸にある長母寺を訪ねました。長母寺は平安末期、豪族山田次郎重忠が母の菩提の為に創建、その後、無住国師によって再興されました。
 当寺は尾張万歳(注1)の発祥の地と言われています。また無住国師入廷の折りの伝説、「ひのきの芽の寄生木(注2)」があります。山門(注3)を潜り、本堂(注:3)に向かう石畳を進むと左手に荘厳な弘法大師像が飛び込んできました。その手前の木立の中に「無空々々碑」の歌碑が木漏れ日の下に現れました。これは尾張藩士「石井垂穂」の歌碑だそうです。横には碑陰と思われる文字が刻まれていました。「もし娑婆の功徳を 閻魔問ふならば はか糞肥えにしたと答えむ 垂穂」だそうですが、長い風雪を経て「垂穂」の文字しか判読出来ませんでした。この歌碑は当時の位置とは異なっているとのことでしたが、そこにあるのは、それぞれ大変な歴史、伝説のあるものばかりでした。(お庫裏様のお話・当会マニュアル参照)

P5112507国師入廷地碑 P5112482歌碑
  無住国師入廷地碑      無空無空碑
P5112488弘法大師 P5112510本堂 P5112495宿り木
  弘法大師像     本堂  ツバキの木に宿り木

   注1:尾張万歳は無住国師が法華経を分かり易い言葉にして歌えるようにしたもの
   注2:寄生木は、ツバキ(現在のツバキの木は原木ではない)、サザンカなどに着いている
   注3:山門・本堂・庫裏は登録有形文化財

浅野梨郷の歌碑

 今回は中部、短歌会の礎を築いた歌人、浅野梨郷(りきょう)氏の歌碑を紹介します。
 場所は、徳川園里山のゾーン(四睡庵の西側)で、小径を行く人々に語りかけるかのようにゆったりと立っています。
 「宇つりつつ 静かに色をかへてゆく 登与波多雲(注1)の 空のたなび起」梨郷
 浅野梨郷(本名 利郷(としさと))氏は、明治22年名古屋市に生まれ、東京外国語学校在学中に伊藤左千夫に師事、斎藤茂吉らと共に勉強しました。卒業後は鉄道院などに勤務した後、昭和10年名古屋市に勤務し昭和16年52才で退職しました。昭和31年4月中部日本歌人会を創立し代表委員となり、中部の短歌会の礎を築きました。教育、学術、文化にも広く功績を残され叙勲を受けられました。その間雑誌「武都紀(むつき)」、歌集「豊旗雲」や随筆集「糸ぐるま」などを刊行されています。(冊子「東区文化のみちあれこれ(注2)」参照)

梨郷・切り取り P4072134
歌碑除幕式の日に(冊子「東区あれこれ」より転載)     満開のサンシュユ
P4072127 P4072129
  変体仮名で書かれた碑 サンシュユの木漏れ日が歌碑に注ぐ

注1:登与波多雲・豊旗雲(とよはたぐも)は万葉集(巻1の15番)にも詠われていますが、
   「トヨは美称」旗のようになびいている美しい雲(広辞苑)のこと
 「海神(わだつみ)の 豊旗雲に 入日さし 今夜(こよひ)の月夜 さやけくありこそ」
                             万葉集・・(中大兄皇子)
注2:「東区文化のみちあれこれ」は当会発行の小冊子で「東区東片端・正文館」「徳川美術館」
   で 販売しております。東区の魅力、偉人・賢人紹介など・・を掲載しております。
   (現在、7,8,9号を販売しています)

徳川園のこのごろ

 ■P3301996花の木園内にも遅まきの春の演出が始まりました。里山では待ちわびた淋子梅や、花桃・杏が満開、その周辺ではサンシュユ、ミツマタ、椿などが華麗に競演しています。山のゾーンには「大曽根の瀧」があり、その水音が存在感を示し、その周りの新緑は疲れた目を休めてくれます。ふと振り返るとスダ椎の大木の横から、シキミの花が葉の間から遠慮がちに顔を出しています。
 川のせせらぎを聞きながら龍仙湖へ進むこの小径には、愛知の県木である花の木や、ギブシ、フッキソウの花、ミヤマシキミの蕾も膨らみ始めてきています。龍仙湖周辺はロカクヤナギが淡い緑の枝を垂れ、湖畔ではマンサク、ベニコブシ、ウンナンオウバイ、ジンチョウゲ・・・が、それぞれの香りを振りまいています。
 思いがけぬ小鳥のさえずりを聞きながら、静かな春を楽しまれてはいかがでしょうか。
★当会では、毎週金曜日13時〜15時30分までの定時ガイドを行っています。 

★▲P3302005茶室・5枚岩 ★■P3302026梅、牡丹芽吹き
   五枚岩(注1)と瑞龍亭 瑞龍亭北側 梅は満開、牡丹も芽吹き始め・・
★▲P3302018こけ庭と鹿威し ■P3302039灯籠・花
    瑞龍亭内露地の鹿おどし   灯籠とサンシュユの競演(里山)

注1:瑞龍亭前の石組みは東濃付知の山中の石をそのままの形で移したものだそうです

佐助邸あれこれ 石造物・・その2

 桜の開花宣言がやっと聞かれるようになり、「暑さ寒さも彼岸まで」を実感しています。
 前回に引き続き邸内の石造物をご紹介します。今回は見過ごし勝ち・・・な中庭です。佐助さんがお住まいの頃、土蔵から和館、洋館へは廊下で繋がれた建物がありましたが、今は取り払われ(平成7年に解体)広い空き地になっています。その西側の一角にどっしりと存在感のある石組みがあります。北縁に立ち、ゆっくり歩を進めると思わぬ事物に出会えるかも知れません。その一つは土蔵脇にある井筒・・・。これは井戸ではなく土蔵の地下に通じているそうです。何に使用されたかの子細はわかりませんが、その謎解きに暫くの時を費やしてみませんか。

★P1241073中庭築山 ★P2071230中庭鉢前
  中庭築山石組み、富士石(熔岩)が多用    鉢前の台石の上に鉄鉢型手水鉢
★P1281114土蔵井戸
井筒
   土蔵横にある井筒    石組みは凸の雄石と凹の雌石を組み合わせた
   象形文字「井」の形

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開館日とガイド実施時間

◆旧豊田佐助邸
月曜日休館(祭日が月曜日なら翌日)
開館時間: 10:00~15:30
ガイド常駐日:火、木、土
◆文化のみち二葉館
月曜日休館(祭日が月曜日なら翌日)
開館時間: 10:00~17:00
定時ガイド: 火、木、土
10:45、13:20の2回
30~40分
◆徳川園
月曜日休園
開園時間: 9:30~17:30
定時ガイド: 金曜日
13:00~15:30

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