去る6月2・3日(土、日)、毎年恒例の東区山車まつりが開催され、最終日には徳川美術館前に筒井町と併せて5輛の山車が勢揃いしました。その雄姿は圧巻で、河村市長もご自身の町内の山車に参加され、満面の笑みが印象的でした。
 このお祭り、牛頭天皇を祀り無病息災を願うもので、江戸初期から行われ、町内の人々がずっと執り行っているそうです。棒締め、お囃子の稽古に始まり、当日は出会い、答礼、からくり奉納、曲げ場では、一糸乱れぬ「あうん」の呼吸での豪快な方向転換、力持ちと各所で見せ場を披露し、町内を曳航します。笛や太鼓に導かれ、今回は曳行図を片手に「中之切り{河水車}」の山車を中心に、出来町天王祭に密着してみました。

 出来町は、江戸時代には職人の町として栄えていた場所で、中之切(河水車)は尾張10代藩主斉朝(なりとも)公より拝領したといわれる「石橋車」から始まりました。残念ながらその当時の山車は戦災で失い、現在は若宮祭りの祭礼車(住吉町、現,栄3)の「河水車」を譲り受けたものだそうです。この町に200年ほど伝来してきている、能楽「石橋」に由来する山車だそうです。
 山車を引き出す前には須佐之男社に参拝し、その後、木遣りを合図に曳行が始まります。小さなお子さんも浴衣や法被を着て参加し、まさに町内が一体になっていることが、様々な場面で見られました。活気に溢れた勇壮な場面と、微笑ましい和みのひとときが混在し、独特の雰囲気が醸し出されていました。隣にいた方が「お囃子の練習音が聞こえてくるとお祭りの近づいたことが分かります」と仰っていましたが、町の行事とはこの事だろうと実感しました。

 曳航していく途中で、山車の屋根が上下する場面があり「あれ何かな?」と注視していると、電線や、信号機、歩道橋をスムーズに通過するための必須作業でした。ここでも町内を知り尽くした、一糸乱さぬ行動が何気なく行われておりました。影武者?黒子が、重要な役割を果たしながらの曳航は、長年培われた町内の連携の凄さを垣間見られた気がしました。
 豪快かつ勇壮な曲げ場は、周囲からの「がんばれ!がんばれ!」のかけ声や、手拍子に何倍もの力をもらい難なく突破していきました。

 澄み渡る青空に笛や太鼓の音も心地よく、笑顔と自信漲る法被姿が印象的でした。今年、見そびれた方は、来年の6月の「第1の土・日(鬼が笑うかな)」をメモしておいて下さいね。

  格納庫から引き出し   息もピッタリ・・木遣り
    からくり奉納 ↑電線の高さを調整する若者
  豪快な方向転換の技  出会い(綱領あいさつ)
 美術館前に5輛の山車揃え 宵祭り(出来町の三輛が曳行)