「東区文化のみちガイドボランティアの会」が名古屋市東区「文化のみち」の魅力を紹介します
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東区の偉人・賢人

川上貞奴とモミジアオイ

 東区橦木町に日本での女優第一号といわれた川上貞奴(本名貞)と、電力王、福沢桃介が事業パートナーとして暮らしたオレンジ色の洋館(文化のみち二葉館)があります。その館に足を一歩踏み入れると、洋館と和館が見事に融合し、訪れる人を大正ロマンの世界へと誘ってくれます。
 今回は、大広間にある見事なステンドグラス(注1)にスポットを当ててみたいと思います。部屋の重厚さの中で、ひときわ鮮やかな赤い色が目に飛び込んできます。和名「モミジアオイ」(別名紅蜀葵(こうしょっき)注2)で、この花は貞奴さんが、アメリカ公演の際に見付け、とても気に入った花だそうです。日本には明治初期に渡来し、各地の庭園や花壇に植栽されていたようです。
 東区内でも歩道脇、バス停の傍ら、花壇などでちょうど咲き始め、目を楽しませてくれる筈です。花弁は5枚で、葉が紅葉の形をしていることからこの名前がついたようです。梅雨空の合間からのぞく青空と、緋紅色のコントラストは際立っています。モミジの好きな貞奴さんがステンドグラスに取り入れ、毎日眺めた意味が分かったような気がします。
 この花は1日花ですが、次々と蕾をたくさん付けていますので、時には道草をし探されてみては如何でしょう。
★当会では、「火・木・土」午前11時20分、午後1時20分から定時ガイドを行っております。実際にステンドグラス、またその現物と出会ってみませんか。
 「文化のみち二葉館」については
こちらからご覧ください。

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      鮮やかなモミジアオイ        道行く人に語りかけ
P3111771二葉館ガイド縮津田 CIMG9899モミジアオイ縮T
     大広間でのガイドの様子     ステンドグラス

注1:デザインは福澤桃介の義弟「杉浦非水」
   
非水は、日本モダンデザインの先駆者、現・多摩美術大学の創設者
注2:北米原産で沼沢地に自生、高さは1〜2メートルになる

旧春田鉄次郎邸と石造物

 今年は梅雨入りしたとはいうものの、当地の雨量は例年の1/4程度とか、その後も真夏日が続き、冷夏の予想はやや外れた感さえする前半です。一方、早くも超大型の台風8号が発生し、日本に向かっているとの報道がされています。
 東区は明治以来、陶磁器輸出の発祥地として知られていますが、今回はその貢献者の一人でもある「旧春田鉄次郎邸(主税町3)にある石造物をご紹介します。鉄次郎氏は陶磁器貿易商として成功された方で、邸宅は大正10年、武田五一氏(注1)の設計で建てられたといわれており、洋館と和館で構成されています。現在洋館はフランス料理のレストラン「デュポネ(注2)」として営業しており、見学は出来ませんが和館は、状況に応じて(結婚式がある場合は不可)ガイドさせていただいております。
 門を入るとモダンな敷石が目に飛び込んできます。敷石を辿っていくと、昔懐かしい石臼の紋様や様々な形の石が、表情豊かに迎えてくれます。また、落ち着いた垣根や四季の植栽に抱かれた雪見灯籠は、将に日本庭園の風情そのもの、ひと時を楽しませてくれるはずです。
 洋館と和館の道案内は春日灯籠が道標(みちしるべ)となっています。やや狭い空間ですが、古き良き時代を知る為には、一見の価値はあると思います。
☆当会では、「火・木・土」の10時から15時30分、ガイドを行っております。東隣の佐助邸にお声かけ下さい

注1:武田五一は明治後期から昭和初期にかけて活躍した日本を代表する建築家。
注2:お食事は予約となっています。1階内部については
こちらからご覧いただけます。

CIMG7627春田門から縮@ CIMG7629敷石縮@
       春田鉄次郎邸へ・・          敷石が優しく誘って
CIMG7631春日灯籠縮@ CIMG7628灯籠とあじさい縮@
        左←洋館、右→和館へ          風雅な出迎え
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         ガイドの様子         当時の懐かしい道具・・

建中寺の中にある石造物

 今回は、尾張徳川家の菩提寺である建中寺(筒井一丁目(注1))を訪ねてみました。境内にある様々な石造物を見付けながら、草木を見つめる例月とは趣を変え、新たな?出会いに興味を覚えながら散策してみました。総門(創建当時の門)を入り、文字通りの万緑の建中寺公園をゆっくりと三門へ向かいました。三門左に「陳元贇」と書かれた石柱があります。陳元贇は寛永3年(1626))尾張徳川藩主義直に招かれ、儒教、陶芸、菓子、建築、拳法などの異国文化を日本にもたらした方です。寛文11年(1617)没し、建中寺に葬られていましたが、現在、お墓は平和公園に移されています。
 三門をくぐると、本堂の前に二基の石灯籠「春日灯籠(注2)」があり、厳かに出迎えてくれます。その左手に大きな「龍巻奥の院(注3)春日灯籠」が聳え立ち、素晴らしい彫刻に圧倒されます。これは数十年前に寄贈されたものだそうです。左右に目を凝らすと今まで気づかなかった多くの石造物(灯籠は約40基他)の多さにびっくりです。新しい発見にワクワク・・ドキドキの連続、視点を変えると普段見えていなかったものが突然見えてくるという、古からの言葉を実感しました。
 ご住職様から、三門上層には釈迦三尊像と十六羅漢像が祀られているとお聞きしましたが、未公開とのことで残念ながら拝謁できませんでした。各所にある神社への崇拝を忘れないで、関心をもって臨みたいものです。
 当会では、依頼ガイドや種々のイベント等をガイドさせていただいております。詳細につきましては
こちらからどうぞ

CIMG7620本堂、灯籠S CIMG9602植え込みと灯籠S
        本堂と春日灯籠          確かな存在感・・・
PA190741陳元贇墓所S CIMG7613龍巻奥の院縮
      陳元贇の碑  昇竜が彫られている奥の院灯籠
PA190745建中寺碑S PA190753像、縮
建中寺の墓石を活用したと思われる石碑 観世音菩薩と由緒あるお地蔵様・・

注1:慶安4年(1651)に第二代藩主「光友」が父「義直」の菩提を弔うために建立
注2:春日灯籠は、鹿、雲、三上山などが彫刻されているのが特徴
注3:奥の院灯籠は、中台に干支が彫られていることが多い

佐助邸あれこれ

 見渡す限りの新緑に囲まれ、春を楽しむ小鳥や蝶が庭園で遊んでいます。やや殺風景だったひと頃からは見間違うばかりのこの景色、心も和んできます。
 このところ、佐助邸は一寸したブームになっています。先日、トヨタ自動車関係のTVドラマが放映された影響から、「テレビを観て来ました!」「あの俳優さんはどの方ですか?」と、系図の前で普段とは違う会話が弾んでいます。又ある新聞では「車への情熱を燃やした喜一郎氏の特集」があり、別紙ではトヨタに関する連載もあり、マスメディアの影響は予想外の大きさになっています。そんな折、喜一郎氏の胸像が佐助邸に飾られることになりました。何故?佐助邸に喜一郎さんの像?と思われるも知れませんが、喜一郎さんは佐助さんの兄、発明王佐吉翁の長男ですので、叔父と甥の関係になります。兄である佐吉翁とは16歳離れていたこともあり、喜一郎さんの幼少時はよく子守をされており、喜一郎さんはとても慕っていたそうです。そしてまた一つ思いがけない事が起きました。「クラシックカーのパレード(注1)」です。パレードにはトヨタの車も3台走行するとのことで、慌ててカメラを構えました。
 こんな思いがけないことの連続しているここで、佐助邸の歴史、偉人の繋がり、懐かしい縁側を直にご覧になってみませんか。

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         静かな時を刻んで・・           喜一郎氏胸像
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           新緑の庭園            彩りを添えて
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        TOYOTA 2000 GT         フララちゃんも参加

注1:4月18日(金)に開催されました。これはクラシックカーで名所旧跡を訪ねるイベントで、スタンプラリー形式で行われるものだそうです。今年は徳川園も参加されました。
★当会では、「火・木・土」の10時から15時30分まで佐助邸に常駐し、ガイドを行っています。
  また毎週(金)13時から15時30分まで徳川園において定時ガイドを行っています。

水谷忠厚と標柱

 東区矢田町3丁目にある木ヶ崎公園を通り抜け、矢田川沿いの水防倉庫脇に「やたのハはし」と書かれた標柱二つを見つけました。これは、水野忠厚が明治17年10月に東区矢田町の矢田川に36メートルの木橋を完成させた時の親柱だそうです。(忠厚が篤志家から資金を集め、自ら勤労奉仕を率先した)
 彼は旧藩士であったが廃藩後製麺業に失敗し、瀬戸方面から陶磁器・薪などを運び生計を立てていた。運搬に使う今坂(こんざか)峠(赤津—瀬戸)の険しい坂が人々を悩ませていたので、明治12年、勤労奉仕で開削工事を始め、この地方の交通のために尽力した。天爵大臣(注1)と評される水谷忠厚その人である。この他にも先の矢田橋を始め、瀬戸街道・中馬街道・永平寺街道などの開削も行っており、ボランティア活動の始祖、先駆者とも言える人であるが、名古屋ではあまり知られていないのが残念です。『些かの私心もなく、あるのはただ一筋の奉仕の念願と赤心のみだった』の言い伝えが、彼の存在を一層大きくしていると思います。
(文化財叢書第84号、中日新聞、当会資料参照)
【注1】天爵:その人に自然に備わった徳の高さ(広辞苑)

CIMG0793全体@ CIMG0789親柱@
矢田川を背に標柱が立っている(右は水防倉庫) 「やたのハはし」・「明治17年10月」とある

           

東区矢田町3丁目
 

     

  

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開館日とガイド実施時間

◆旧豊田佐助邸
月曜日休館(祭日が月曜日なら翌日)
開館時間: 10:00~15:30
ガイド常駐日:火、木、土
◆文化のみち二葉館
月曜日休館(祭日が月曜日なら翌日)
開館時間: 10:00~17:00
定時ガイド: 火、木、土
10:45、13:20の2回
30~40分
◆徳川園
月曜日休園
開園時間: 9:30~17:30
定時ガイド: 金曜日
13:00~15:30

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