今年の世相を表す漢字は「災」と決まりましたが、これは、台風や地震などの自然災害の脅威によって多くの人が被災したことが深く印象に残ったのでしょう。皆さんはどんな漢字を選ばれ、一年を締めくくられるでしょうか。

 師走、大晦日、除夜の鐘、そんな連想をしていると、正岡子規の「大寺の 静まりかえる 師走かな」の句を見つけました。今回は慌ただしい年の瀬ですが、敢えて歩を緩めて寺社巡りで気になっていた梵鐘を訪ねてみました。
 先ず尾張藩の鋳物師の総括を務めた鋳物師頭「水野太郎左衛門」跡の標識、「鍋屋(泉二)」から探索をする事にしました。
 来年には、平成から新しい年号へ変わりますが、梵鐘にも様々な歴史が刻まれているのではないでしょうか。

 標識は、鍋屋町筋(泉二)と国道41号線の交わる南東角にあります。
水野家は永禄5年(1562)に織田信長から尾張中の鐘、鰐口、釜など鋳物業の特権を与えられ明治維新で13代目を迎え、14代まで鋳物師を継ぎました。戦災により家屋を消失し、これを契機に家業をやめ、現在は鍋や釜、キッチン用品を扱い「鍋屋」の屋号を継続しています。

 今年の漢字「災」に、ちょっと強引に関連づけてみますと、水野家の作ではありませんが、戦争で多くの寺社の梵鐘などが供出され、今は石で作られている圓明寺(泉三)や、鐘楼のみが残されている照遠寺(東桜二)等があり、貴重な文化財が多く消失しています。

 水野家の作で、現存している鐘は区内では「長母寺(矢田三,六代政良)・「禅隆寺(飯田町36)の喚鐘(堂内のため通常は見学不可)」があります。
 長母寺は前記の子規の句の如く、まさに静まりかえった境内で、緑に囲まれそっと歴史を紡いでいるようでした。
 紅葉で知られる禅隆寺も綺麗に掃き清められ、清新の境内は心洗われる思いでした。
 市内では、市指定文化財として「名古屋東別院(中区)」の梵鐘、これは江戸時代の鐘では市内最大の鐘だそうで、大晦日には発鐘として突くそうです。
 市博物館に寄託され、常設展示に「性高院所有(千種区)」の梵鐘」があります。これは,江戸初期のもので尾張二代藩主光友が改鋳寄進した由緒ある鐘で、もっとも古いクラスの梵鐘だそうです。ちょっと覗いてみては如何でしょうか。
 各寺社からの鐘の音に、平成の最後を味わってみては如何でしょうか。 
(名古屋の史跡と文化財、文化庁HP、ひがし見聞録、俳句歳時記等参照)
 

  水野太郎左衛門跡、標識  「鍋屋」は今も・・
    圓明寺石の梵鐘     長母寺梵鐘
    名古屋東別院梵鐘  性高院梵鐘(文化庁HP転載)