「閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声(松尾芭蕉)」
 8月7日は「立秋」です。「初めて秋の気立つがゆへなればなり」と言われるように涼しい風が立ち始めるころですが、実際は蝉時雨も暫く続きます。
 そんな昨今、涼風を求めて永平寺名古屋別院を訪ねてみました。
 この寺院は、文政4年(1821)に尾張十代藩主の徳川斉朝が瑞岡珍牛(ずいこうちんぎゅう)禅師に帰依し、御下屋敷にあった尾張七代藩主宗春の慶雲軒に建立されたのが始まりと言われています。平成17年落慶の山門は総欅造りの免震建築で“日本初”といわれているものです。境内、本堂はいつでもお参りできると教えていただきました。

 この場所は、江戸時代には尾張徳川家の広大な御下屋敷のあった場所です。七代藩主宗春が蟄居謹慎を命じられ宝暦4年(1754)10月にこのお下屋敷に移り、ここで生涯を過ごした場所です。霊が出るとの噂が出て、お下屋敷の東北辺りに、宗春を祀るための社「山王権現社」と祈願所「慶雲軒」が造られ、ここが「永平寺名古屋別院」になっています。

 幕末には尾張徳川家の祈願所として基礎を固めました。明治維新後疲弊した時期もあったようですが復興に努め、明治42年には、京都の「道正庵(どうしょうあん)」に安置されていた「道元禅師」の木造を奉安、{道元禅師奉安殿}が再建されました。また明治44年には東海地区の中心寺として再発足しました。昭和20年の戦災により全山を焼失、大正13年に建立された永代供養塔(石造り)が唯一難を逃れました。その後、本堂・庫院を再建、整備されて別院としての景観を整えていきました。

 平成になり17年に山門、28年に免震構造の新本堂が完成しました。ご本尊様、一葉観音、内部の欄間は全て永平寺五代杉(注1)で造られているそうです。30年には庫院の増改築が完了、令和元年には「道元禅師遺身舎利塔」が奉安され、ここでは研修会などの会場としても門戸を開いているそうです。

 一葉観音様のお札をいただきましたので、コロナ禍の収束を願いたいと思います。境内には可愛い地蔵様や、刻印石等が静寂の中に佇んでいます。
 時には心落ち着く時間を過ごしてみるのはいかがでしょう。(永平寺名古屋別院パンフ、当会資料参照)

注1:永平寺の五代様が永平寺山門前に植えられた杉で、700年にわたり多くの僧の読経を聞き続け自然と霊力が備わった

   山門から本堂・・     繊細な木鼻彫刻
一葉観音様(願いは叶う!?)    五代杉の荘厳な欄間
   静かに佇んで   前田家の刻印石
戦災を免れた永代供養塔  修行僧の守護神白山大権現