「けさ秋や おこりの落ちた ような朝(小林一茶)」立秋も過ぎ、風の流れや日差し、空の色にも何となく秋が感じられるようになりました。
 新涼を感じつつ「長母寺(東区矢田3)」にまつわる伝説の痕跡を探してみたいと思います。
 長母寺は、平安末期の創建で、鎌倉中期に無住国師により臨済宗に改宗し、現在に至っています。尾張万歳が無住国師の説教に発するという伝説から、「尾張万歳発祥の地」として広く知られています。この他にも伝説や昔話が幾つか伝えられています。周辺は緑豊かな所で“木が崎(注1)公園”として市民の憩いの場ともなっています。「今とむかし」をご一緒に紐解いてみませんか。

 長母寺は治承3年(1176)に山田次郎重忠が熱田明神から、「木賀崎は佛法興隆の霊地であるから梵刹を建立せよ」との夢のお告げを受けて,母の菩提を弔うため建立したと伝えられています(長母寺縁起)。最初は天台宗でしたが無住国師が来住し臨済宗に改め霊鷲山長母寺と称するようになりました。
【尾張万歳】
 無住国師はその後50年長母寺に住み、多くの著述を残しました。仏教を説いて万歳を作り弟子の徳若が節をつけたのが始まりといわれ、農民の農閑期における出稼ぎとして発展したものだそうです。
【檜(ヒノキ)の芽】
 本堂横の石垣の柵(伊藤萬蔵寄進)の中にある、椿・山茶花・榊・ねずみもちなどの木に“檜の芽”といわれる寄生木が見られます。これは国師入定の時「私はこれからあの世に行くが、もしあの世に極楽があるなら、この木に“檜の芽”を生やしてやろう」と言い、檜の枝で身体を清めて亡くなられた。暫くして種々の木に檜の芽が生じたので、極楽がある証拠の木ということで国師の奇端の一つとされている。柵の中、周辺にしか生えないのだそうです。
【お地蔵様】古老の話・・
 幼い子どもが亡くなると賽の河原で石を積むのだが、鬼が来て崩してしまうのだという。そんな時、お地蔵さんが鬼を追っ払ってくれるのだそうです。長母寺にはお地蔵さんが沢山おられ、開山堂の中には国師様が千体地蔵をおさめておかれたのだが、300年ほどたってどうかなってしまったのだそうです。そこで尾張二代藩主光友が、千という沢山のお地蔵さんを祀られたそうです。今は開山堂で無住国師像と共に祀られていますが通常は未公開で年に一度10月10日開示されます。国師像のレプリカは市の博物館で、いつでも見られます。
(名古屋むかしばなし散歩道、東区の昔話と伝説をたずねて他)
注1:木曽山脈の先端の意味から木曽ヶ先を縮めて出来た地名

  山門(登録有形文化財)  ここを登ると長母寺へ
  熱田社との関係は深く   開山堂とさざれ石
  ヒノキの芽(寄生木)  優美なたたずまいの観音様
 矢田川と長母寺(左の森)   弘法大師とお地蔵様