東充寺は東区(東桜2)にある西山浄土宗のお寺で、別名「へちま薬師」とか「お薬師さん」と呼ばれて親しまれています。
 へちま薬師と呼ばれるようになった由来は、今から250年くらい前(江戸時代)のことです。当時の住職、温空上人が托鉢の途中急に疝気に襲われ心の中で薬師如来のご加護を念ずると、一人の老僧が現れ、今に伝わる「へちま加持の秘法」を伝授された事によるものです。この秘法をありがたく思われた上人は、この秘法を持って世の人々の病苦を取り除かれたと伝えられています。それから、お寺には「へちま」を持って大勢の人がお参りに来るようになったそうです。縁日は8日で、一寸ほどの「へちま」で、痛いところをさすり、身代わり薬師様に悪いものを身代わりしていただくのです。

 このお薬師さまは三河国鳳来寺峯の薬師と同木同作で、利修仙人の作と伝えられています。往古は尾張国丹波郡稲置にあり、小牧に坂東充蔵という地頭がおり、自ら勧進して諸堂を小牧山麓に建立、尊像を移し東充寺としました。その後、天正年間清須に移し慶長初頭、義直の命により現在地に移りました(清須越し)。 
 東充寺の本尊は、阿弥陀仏如来坐像で元禄時代の造立といわれています。
また、薬師堂は嘉永7年(1854)建立、明治に建て替えられているそうです。門をくぐった右手の手水には、その名の通り、びっしりと天井から「へちま」がぶら下げられています。「へちま」が悪いものを吸い取っていく」という教えからだそうですが、「へちま」には種子や果実にも効能があるそうで、「へちまの化粧水」はよく知られていますね。

 薬師堂の壁面には2枚の絵馬が掲げられています。右側は江戸時代の力士小錦が横綱昇進の願掛けをし成就した御礼に奉納、左側は平成の大関小錦の膝痛を祈願し見事回復し優勝したとき奉納したものだそうです。御利益の賜物ですね。

 また薬師堂の右側には、赤いお顔の「おびんずる様」が静かにお座りになっています。撫で仏とも言われ、自分の身体の悪いところを撫で、その後おびんずる様の身体を撫でると良くなると言われています。
 長引くコロナ禍の一日も早い収束を願ってきましたが、お聞き届け下さるでしょうか。

   東充寺山門      薬師堂
  奉納されたへちま・・  身代わり薬師様はこの中に
   お顔は何故赤い??     小錦の奉納額
    木鼻彫刻 薬師堂花立ては伊藤萬蔵奉納