小雪(しょうせつ)も過ぎ、「朔風払葉(きたかぜこのはをはらう)」と言われるように街路樹が、赤・黄・橙・・の絨毯を敷きつめています。枯れ葉の舞う音を楽しみながら、片山八幡神社に「標識」が設置されたと聞き訪ねてみました。「標識」は本殿横に狛犬と仲良く並んで設置され、狛犬もちょっと得意顔に見えました。

 片山八幡神社は戦国時代に焼失し、頽廃した時代を経て元禄8年(1695)に尾張二代藩主光友が再興しました。その理由は名古屋城の鬼門(北東)に当たるためだそうです。平成8年からは、神輿行事も光友公の諡号「瑞龍院」から“瑞龍みこし“が始まり、今年も市内最大級の神輿行事が執り行われました。時には、ゆっくりと歩を進めてみて下さい。

 片山八幡神社の創建は、第26代継體天皇の5年(527)に遡るといわれ、旧社名は大曽根八幡社でした。その後、戦国時代の災禍を受けるも二代藩主光友卿により再興されました。徳川源家の氏神と思召され、名古屋市中鬼門除けのお社として崇められ、篤く信仰されています。
 昭和20年の戦災により境内の老樹、建造物を悉く焼失。その後、戦災復興で隣接する神明社を合併して境内整備を進め、昭和34年に本殿以下殿宇を造営しました。平成8年に大改修工事を行い、平成10年に完工し、現在に至っています。祭神は「天照皇大神」「誉田別尊(応神天皇)」「菊理媛神」です。

 八幡社は、平安期より源氏の氏神として、武家の守護神として信仰され、文化を導く神、また母子慈愛の神として多目的な御神徳を有しています。

 境内には6末社、境内摂社には「谷龍神社」と「御嶽神社遥拝所」があり、「谷龍神社」は「姫子龍神社」といわれ、尾張徳川別邸内(現在の徳川園)にありましたが、大正12年に遷社されました。御祭神は、谷に棲む龍神といわれています。永い歴史を経ているため、石垣には戦災の跡もありますし、その昔は徳川家別邸とは地続きであったとも言われています。現在では毎年御輿行事が、遠近各所からの担ぎ手の奉仕により開催され賑わい親しまれています。

 小林一茶の句に「独居るだけの小春や窓の前」がありますが、時には外に出て小春日和を楽しんでみてはいかがでしょう。清澄な空に浮かぶ雲を眺めるも良し、落葉を楽しむも良し、春に備えて活動を始めた草木を愛でるも良いでしょう。年の瀬に向かう前に、穏やかな一時を過ごされるのも一興でしょう。
(神社由緒、ひがし見聞録、金鱗九十九之塵参照)

   片山八幡神社本殿 名所図会(大曽根八幡宮)
    新設された標識     境内6末社
    谷龍神社     砲弾跡?!
  清澄な空に映えて・・   赤い実も一役