「万年青(おもと)の実 赤しと思う 冬至かな(山口青邨)」

 12月22日は冬至で,一年中で最も昼間の短い日です。そしてこの日から日照時間が延びていくことから「一陽来復」ともいわれます。俳句にある「万年青」は縁起の良い植物として引越祝いに贈る日本の文化があり、家康にまつわる伝説もあります。
 また徳川家といえば12月13日は“正月事始め”で徳川園黑門に家康の伝説にまつわる門松が毎年飾られます。今回は尾張徳川家にまつわるお話し(聞き書き)や、家康の伝説を紐解いてみたいと行脚??してみました。そして意外な事に東山植物園まで辿り着きました。皆さんも、今だからこその出会いを楽しんでみませんか。

万年青から家康の面白い伝説を見つけました。家康が駿府から江戸へと城を移るときに、家臣から万年青をおくられ城内に持ち込みました。その後、城が大繁盛したというエピソードから、引越祝いに万年青を贈る風習が広まり、これを象徴するかのように、久能山にある長押しなど5箇所に万年青の彫刻が現存しているそうです。

 また徳川園黑門の門松は、名古屋城の生活習慣や行事などを記した「金城温古録」を再現したものです。そぎ切りされた1本の竹は家康が「三方原の戦いで唯一負けた武田信玄に対し次は斬るぞ」の思いが込められているといわれています。竹は三重から松は福井県から調達されたものだそうで、12月12日(日)早朝から職人さんが飾り付けをしていました。(1月13日(木)まで)
 名古屋城も同じ形が正門前に立てられていました。江戸時代の面影を探してみるのも楽しいかも知れませんよ。

 東山植物園で例年飾られる「旧兼松家武家屋敷門」の門松、これは、尾張藩の家臣(信長、秀吉、家康と仕えた)である兼松家に伝わる門松で「姉川の合戦」中で正月を迎え「ヨシ」を門松の代わりに用いたため以後、正月にはこの門松を立てることになったそうです。植物園でも移築後、毎年立てているそうです。(1月13日(木)まで)

 出会った園の方のお話しから、植物園の一部は江戸時代には尾張徳川家の鷹場であったそうです。兼松家屋敷門の奥には地泉回遊式の也有園が広がり尾張藩の重臣、俳人でもあった也有の遺徳を偲び作庭されましたが、初代園長は、なんと也有の子孫、横井時綱と聞き繋がる連鎖に驚きました。

 新生活様式の中の1年でしたが、お付き合い頂きありがとうございました。
 どうぞお健やかに良いお年をお迎え下さい。
【お知らせ】佐助邸は12月29日(水)から1月3日(月)までお休みとなります。

  徳川園黑門の門松  最後に注連縄を付けて完成
  名古屋城正門の門松     竹はそぎ切り
  兼松家の葦の門松   注連縄飾りも付け
  静かに佇む也有園 椿園では花が咲き始め・・・