「つくつく法師 いつもどこでも 遠き声」と詠われるようにツクツクホウシの鳴き声がかすかに聞こえるようになってきました。
 ずっと気になっていた、舎人公園の東にある谷汲山観音院室寺(泉3)の石仏を訪ねてみました。最初に目に付くのが門前にある石塔「谷汲山」ですが、普通の寺標とは異なり特徴のある形をしています。慶応2年(1866)の文字が読み取れ、随分古いものであることが分かります。前回ご紹介した、百度石も元和2年(1616)でしたので、かなり歴史のあるお寺なのでしょう。

 現在の観音院室寺(泉3)境内は、今でこそかなり小さくなっていますが、戦前までは、かなり広く、隣にある舎人公園も寺域であったとのお話でした。
 浄土宗のお寺で本尊は十一面観世音菩薩立像で、境内には江戸時代後期の西国三十三観音信仰(注1)の石仏が整然と並び、静かに見守ってくれているようです。三十三とは観音様が三十三の姿に身を変えることからきているのだそうです。

 信仰の始まりは平安時代の中頃からで、江戸時代に庶民信仰として盛んになったとのことです。本来は西国の各寺を巡礼するのですが、やむを得ない理由で現地に足を運べない人のために、簡易的に一箇所に札所や石仏を並べ参拝する風習になったと言われています。観音院室寺も三十三箇所を模した石仏が並んで最後の33番を見ると「谷汲山」になっています。
 ☆当会では、皆様のご要望に合わせて依頼ガイドを行っております。詳細はガイドからお進みください。

     谷汲山の石塔    名陽図会
  後列左から一番・・・ 左が33番谷汲山の文字

 

注1:本来は、一番札所は那智青岸渡寺から始まり、三十三番札所は岐阜谷汲山華厳寺で満願となる。