「東区文化のみちガイドボランティアの会」が名古屋市東区「文化のみち」の魅力を紹介します
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石造物

文化のみち界隈 Ⅳ 名古屋陶磁器会館

 今回は、東区から始まった名古屋の陶磁器産業。輸出陶磁器の拠点施設として建設された名古屋陶磁器会館をご紹介します。
 昭和7年(1932)に名古屋陶磁器貿易商工同業組合の事務所として建てられ、その後、昭和24年(1949)に名古屋陶磁器会館が設立された際、同業組合から受け継がれ現在に至っています。特に建築は名作で登録有形文化財になっています。会館1階のギャラリースペースでは、名古屋で絵付加工された製品の数々を見ることができます。また会館の南庭には、当時組合長で会館建設に尽力した井元為三郎氏の胸像が建てられ、今も静かに見守っています。 (さらに…)

文化のみち界隈 Ⅲ 銘板を訪ねて

 去る10月4日(水)、主税町公園(主税2)に「名古屋市輸出陶磁器産業ゆかりの地」の銘板(注1)が設置され、記念式典が執り行われました。この銘板は、当会が名古屋市都市センター「まちづくり活動助成」を受け、多くの方々のご支援ご協力のもと設置されたものです。
 長い年月を経て、幾多の方々の間を継承されてきた文化遺産が、貴重な証としてここに残されることとなりました。今は公園として市民の憩いの場となっておりますが、明治、大正、昭和、平成の時代を静かに見つめてきたこの地を末永く後世に伝えていくことでしょう。見学される多くの人々に過去を語り、携わった人の栄光を、労苦を次世代の人々に伝えていって欲しいものです。

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徳川園のこのごろ

 万葉集に、秋の七草を詠った「秋の野に 咲きたる花を 指(および)折り かき数ふれば 七種(ななくさ)の花。萩の花、尾花、葛花、撫子の花、女郎花(おみなえし)また藤袴、朝貌(がお)の花。注1」(山上憶良)の名歌があります。
 ここ徳川園内でも秋が直ぐそこまで近づいてきています。間もなく秋本番・・爽やかな秋を探しに出かけてみませんか。

 里山周辺では、今、ヤブランの群生が見頃を迎えていますし、四睡庵近くでは、スイフヨウ(酔芙蓉)が咲き始め、朝は白、昼は薄桃色から桃色に、夕方には紅色へと変化し、名の如くお酒に酔う風情、時間の経過とともに花の色を変えています。時には自然の見事さを観察してみてはいかがでしょう。
 四睡庵では、静かに水琴窟の音色を楽しんでください。高い澄んだ金属音が、日常の煩雑さを忘れさせてくれますよ。

 一方、大曽根の瀧の音は躍動感と逞しさを教えてくれ、マイナスイオンが溢れているようです。足元をサラサラ流れる川沿いでは、ミソハギ、オミナエシ、ワレモコウ、さらにはキキョウやツユクサなどの可憐な花が、今を盛りと咲き競っています。普段では気づかずに通り過ぎてしまいがちですが、この園の中では小さな秋を見つけてくださいね。
 瑞龍亭内露地周辺にはハギやススキが秋を告げ始めました。鹿威しも澄んだ音で瑞龍亭へと誘ってくれます。ここ瑞龍亭で、初秋の空気を存分に吸い込んで、待ち望んだ一時を味わってみて下さい。
 中秋の名月(10/4)には夜間開園もあります。詳細はこちらからどうぞ

☆当会では毎週金曜日13時から15時30分(受付は15時)までガイドを行っております。お気軽にお声かけください。

   澄んだ音色の水琴窟   楚々と咲くタマスダレ
 雨にも負けず(酔芙蓉)    秋草(ミソハギ)
   秋の七草(ハギ)  秋の七草(オミナエシ)

 

注1:秋に花の咲く草の中から代表的なものを7種選んだもの。このアサガオは今のアサガオという説と,ムクゲ,キキョウ,またはヒルガオと諸説あるが、一般的にはキキョウを指すのが有力。覚え方は「ハスキ(ー)なおふく(ろ)」「オスキナフクハ」など語呂合わせで覚えると忘れないかも。

 

石造物を訪ねて

 「つくつく法師 いつもどこでも 遠き声」と詠われるようにツクツクホウシの鳴き声がかすかに聞こえるようになってきました。
 ずっと気になっていた、舎人公園の東にある谷汲山観音院室寺(泉3)の石仏を訪ねてみました。最初に目に付くのが門前にある石塔「谷汲山」ですが、普通の寺標とは異なり特徴のある形をしています。慶応2年(1866)の文字が読み取れ、随分古いものであることが分かります。前回ご紹介した、百度石も元和2年(1616)でしたので、かなり歴史のあるお寺なのでしょう。

 現在の観音院室寺(泉3)境内は、今でこそかなり小さくなっていますが、戦前までは、かなり広く、隣にある舎人公園も寺域であったとのお話でした。
 浄土宗のお寺で本尊は十一面観世音菩薩立像で、境内には江戸時代後期の西国三十三観音信仰(注1)の石仏が整然と並び、静かに見守ってくれているようです。三十三とは観音様が三十三の姿に身を変えることからきているのだそうです。

 信仰の始まりは平安時代の中頃からで、江戸時代に庶民信仰として盛んになったとのことです。本来は西国の各寺を巡礼するのですが、やむを得ない理由で現地に足を運べない人のために、簡易的に一箇所に札所や石仏を並べ参拝する風習になったと言われています。観音院室寺も三十三箇所を模した石仏が並んで最後の33番を見ると「谷汲山」になっています。
 ☆当会では、皆様のご要望に合わせて依頼ガイドを行っております。詳細はガイドからお進みください。

     谷汲山の石塔    名陽図会
  後列左から一番・・・ 左が33番谷汲山の文字

 

注1:本来は、一番札所は那智青岸渡寺から始まり、三十三番札所は岐阜谷汲山華厳寺で満願となる。

百度石を訪ねて

 立秋も過ぎ「立秋の 雨はや一過 朝鏡(中村汀女)」と詠われているように、風の流れや日の光、雲の動きに微妙な変化が見られる・・のは、秋を待ち焦がれる願望のせいでしょうか。もちろん8月のイメージは、蝉時雨や厳しい暑さ、お盆を前に毎年報道される「戦後○○年」ではないでしょうか。そんなことを考えながら訪ねた神社で百度石(注1)を見つけ、“その昔どんな思いで人々はこの石に願いをかけたのだろう?”と頭をよぎりました。

 最初に立ち寄った神社で、いきなりその形の違いに気づきました。まだ他にも色々あるのだろうかと疑問が湧き、東区内の社寺を丹念に巡って見ようと思いました。すると新たな出会いや発見があり、楽しみ方も意外に多岐に亘り、どんどんと広がることに気づきました。それぞれの社寺の歴史や謂われと共に、石造物をたどって見るのも楽しいのではないでしょうか。

 百度石をじっくりと見ると、円柱や四角柱など様々な形があることが分かりました。四角柱頭部は平らであったり、先が尖っていたり微妙な変化をしています。そして彫られた文字も様々で、丁度境内におられたお庫裏様や宮司様にお尋ねしましたが、特に形や字を指定したという記憶は無いそうです。“みんな違って みんないい”ですかね。

 全国的にみると、数を数える為に上部に数え玉、算盤玉が付いているものや、お寺さんのご本尊様との関わりで様々なタイプがあり、地域の習わしなども反映されていることもあるようです。今回は東区内の限られた範囲でしたが、少し範囲を広げるとまた新しい発見があるかも知れませんね。

 百度石建立が元和2年と思われる古い観音院(泉3)、明治の片山神社(芳野町2)、含笑寺(東桜3)、大正の松山神社(泉3)、東充寺(東桜2)、片山八幡神社(徳川2)等々を歩きました。須佐之男神社(出来町3)では普通60〜80㎝といわれる高さが、125㎝もあり、幅も21㎝で区内随一だと教えていただきました。円柱形の冨士神社(東桜1)など特徴があることを知りましたが、全ての社寺に設けられるわけではなく、存在しないところも幾つかありました。この寺院めぐりの道すがら、街路樹の木陰で一息入れつつ、目に入る花々は一服の清涼剤になってくれました。
☆当会では皆様のご要望に添ったガイドを行っております。お申し込みは「ガイド」からお進みください。

注1:広辞苑では、頼み事を叶えてもらうため、社寺に参りその境内の一定距離を100回往復し、その度に拝することとあります。古くから日本の民間信仰であり、文献的初出は吾妻鏡の記述から、鎌倉時代初期にはお参りがあったようです。石は火災や災害にも強く歴史の生き証人になってくれることも多いようです。

 観音院室寺(風化も散見)    冨士神社(円柱形)
 含笑寺(篆書体・てんしょたい    神明社(隷書体)
  七尾天神(頭部は丸み)     須佐之男神社
    路地に彩り     モミジアオイ

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開館日とガイド実施時間

◆旧豊田佐助邸
月曜日休館(祭日が月曜日なら翌日)
開館時間: 10:00~15:30
ガイド常駐日:火、木、土
◆文化のみち二葉館
月曜日休館(祭日が月曜日なら翌日)
開館時間: 10:00~17:00
定時ガイド: 火、木、土
10:45、13:20の2回
30~40分
◆徳川園
月曜日休園
開園時間: 9:30~17:30
定時ガイド: 金曜日
13:00~15:30

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