「東区文化のみちガイドボランティアの会」が名古屋市東区「文化のみち」の魅力を紹介します
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お知らせ

お知らせ

 お待たせしました!! いよいよ魅力溢れる秋のイベントが始まります。当会は「生涯学習まつり2016 〜 ときめきの風はから〜」で口火を切ります(10月22日、23日)。洋館が築後100年の節目の年を迎えます。貴重な「和洋併置型」の建物であること、洋館の特徴を今に残している、トヨタの家の歩みが垣間見られるうえ、当会が発足して15周年を迎えるにあたり、今までの活動の様子なども併せて展示致します。

 昨年大好評でした“紙バック作り”もリクエストにお応えし、今年は更に大きめのものに挑戦していただく予定です。昨年「参加された方も、そ・う・で・な・い・方も」是非お楽しみください。手や頭の体操にもなる他、他にも良き効能もあるとか・・・昨年は、男性も一緒にお喋りしながら果敢に挑戦され、お土産にして頂けました。今年も何か良いことがあるかもしれませんよ。

 お菓子を食べながら、歴史と浪漫あふれる東区文化のみち界隈を語り合いつつ、秋のひとときを過ごしてみませんか?!あんな話・こんな話、ちょっといい話、秘密(ホントは内緒?)の話など何でも大歓迎です。当会員も今から期待に胸を膨らませています・・・。どうぞ気軽にお立ち寄り下さい。

 23日(日)13:00からは、昨年に引き続き“東寺町めぐり”を開催します。早い者勝ちで〜〜す。(定員になり次第受付終了)尾張徳川400年の歴史の不明部分を解明する鍵が見つかるかもしれませんよ?!皆様のご来場、ご参加をお待ちしています。

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   企画満載   今とむかしを体感?!
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  ガイドの様子(昨年)   東寺町めぐり・・・
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 手作りコーナーは満席 西蓮寺境内ガイド(昨年)

歴史を語る、牛馬用水とムクノキ

 テレビや新聞の報道で、世界的に異常現象が続発していると報じています。日本でも、今までにないコースを通る台風、北海道や岩手の集中豪雨などがあり、各地に甚大な被害をもたらしました。これだけ科学が進歩を遂げても、自然の前ではいかに無力かを思い知らされるこの頃です。
 そんな現代に、東区にも古い歴史を見つめながら、語り続けられている遺産が多くあります。今回はその中で、新出来町線沿いにある二つをご紹介したいと思います。
 その一つは、金城学院高等学校(白壁4)の校内にはある牛馬用水です。
 これは、昭和3年動物愛護運動に熱心なフローラー・バンス女史の寄付により造られたものです。かっては、道路に面した西洋館(宣教師宿舎)の赤煉瓦の塀をくりぬいて、この通りを行き交う牛馬の喉を潤し、汲めども尽きないキリストの生命の泉を思いださせてくれる町の名物であったということです。道路拡幅に際し学院内の噴水池に移設されましたが、今も校内の一角から静かに歴史を見守り続けています。(金城学院HP,当会資料参照) 
 もう一つは、金城学院高等学校西隣のM氏邸の前にあるムクノキの大木です。道路に張り出し悠然と聳え立つ下を、人や車は何ごともないように通り過ぎていきます。元々は敷地内にあった木だそうですが、こちらも道路拡幅という時代の要請もあり、伐採・移転の対象となったようです。しかし、白龍さん(白ヘビ)が棲むというご神木であることから、そのまま街路樹として残されることになり、今もご家族によって大事にお祀りされていると伺いました。ここに最近標識が設置され、「何で道路に張り出しているのかな?」と不思議に思われた方へ、また将来に歴史を正しく伝えるために、その経緯が記されています。一度ゆっくりご覧になってはいかがでしょう。今まで見えなかったことや、懐かしいあの頃が蘇ってくるかもしれませんよ。ムクノキについてはこちらからもどうぞ

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左端にあるのが牛馬用水 今も水をたたえる牛馬用水
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道路を覆うムクノキ 新設された標識

 

佐助邸あれこれ

  今年の干支は「申」ということで、新春の拙文に干支に事寄せて、大広間の地袋に描かれた絵についてご紹介しました(注1)。これは、あくまでも私見で、願望と推測の範囲のものでしたが、これについて、驚くべき意外な発見がありました。

 なんと、この地袋の絵は隅田八幡神社に伝わる国宝の「隅田八幡神社人物画像鏡(注2)」裏面の人物を抜粋、これを彩色したものだと記されていていたのです。初めて聞く神社名、何処にある?どんな鏡?いつ頃の物?・・・と、未知との遭遇にワクワク・ドキドキ、調べてみました。文献を探している内に、少しずつ絡まった糸がほぐれ始めてきました。神社は和歌山県にあること、この鏡は国宝の「人物画像鏡」であること、紀伊名所図会に模写されていることなどが分かってきました。調べを続けていると徐々に、遙か古からの脈絡、承継が僅かに見えてきたような気がしました。
 佐助邸の襖絵には「好文作」と署名、落款がおされていますが、多くの仲間が手を尽くして調べるのですが、「好文さん」を見付けることができないのです。描かれている別の襖絵は、あの歌川広重の近江八景によく似ていたり、金粉を使った素晴らしい作ばかりです。京都からみえた襖絵師さんのお話では、「これだけ描ける人は凄い人ですよ」とのことでしたが・・・。現在も様々な方面から調べていますが、未だ判明しておりません。もう少しこの解明作業を継続していきたいと思っています。

 今年は、佐助邸洋館が造られてから100周年になります。そんな折り、思いがけない発見や気づきがあったことに、不思議な巡り合わせを感じます。 
 秋には記念の展示会も予定されており、現在準備中です。これからもご来館いただいた皆様にそっと寄り添いながら、少しでも喜ばれるご案内が出来るよう心掛けていきたいと思います。(参考資料:日本の国宝、紀伊名所図会)

☆佐助邸には火・木・土、10時から15時30分まで常駐し、ご案内させていただいております。お気軽にお声かけください。

CIMG4954 隅田八幡神社人物画像鏡 3−2T
地袋に描かれた絵 人物画像鏡(写真,東京国立博物館)
CIMG3831襖、流れ CIMG2217修復された襖
左下には署名、落款 堅田の浮御堂(右端)

注1:こちらからご覧ください
注2:国宝人物画像鏡は東京国立博物館に寄託されている(日本の国宝参照)

折々の花4 徳源寺と桐

東区新出来一丁目にある、蓬莱山徳源寺(注1)では、「東区の名木」にも取り上げられている桐の花がまさに満開です。この寺、臨済宗妙心寺派の七大修行道場の一つということですが、バスの車窓(基幹バス2系統)から見事に咲いた桐の大木2本を見つけ、立ち寄ってみました。
常に掃き清められていると思える境内、訪れた日は風のいたずらか、薄紫の花が地面に様々な文様を描いていました。天高くそびえる大木を見ていると、暫くの間、喧騒を忘れ別世界へと引き込まれてしまいました。三々五々立ち寄る方々は、落ちた花をそっと拾い上げる人、カメラのアングルを探す人、じっくり花と対話するかの様に観賞する人・・と、自分に合った春を楽しまれていました。隣にはクスノキの大木が萌える若葉に包まれ、桐の薄紫と新緑が調和し、一幅の画を思い出させてくれました。
新緑の美しいボダイジュ(注2)も6月頃には綺麗な花を咲かせます。これも「東区の名木」に指定されている大木ですし、秋には紅葉の美しい境内が見られます。
佛殿には銅製の釈迦涅槃像(注3)が安置され、後部には五百羅漢が祀られております。そして、毎年、秋には寺院公開(注4)も行われておりますので、四季折々の徳源寺を是非お楽しみください。
ただし、このお寺は修行道場でもあり、修行僧の皆様が厳しい修行をされています。その邪魔にならぬように、心してお立ち寄りください。(東区の名木、徳源寺パンフ参照)
☆当会では皆さまのご要望に合わせた依頼ガイドも行っております。詳細はガイドについてからお進みください。

CIMG3829桐 CIMG3809涅槃像
格調高く 釈迦涅槃像と五百羅漢
CIMG3795桐 CIMG3800
悠然と・・・ 静寂の中に
CIMG3827クスノキ  CIMG3831文様
保存樹の大木 花びらも一役

注1:織田信雄創建、禅堂は文久3年総見寺から移築。文久2年、藩主徳川慶勝が修行道場開設。
注2:中国原産、シナノキの植物、お釈迦様が悟りを開いたといわれるボダイジュは別種
注3:涅槃像は5メートルを超える大きさ(大正期製作)
注4:日程が決定次第チラシも各所に配付されますが、HPでもお知らせします
(当会もお手伝いさせていただいております)

お知らせ また、貴重な遺産がなくなります

以前、鳥屋筋散策でご紹介しました「蓮池弁財天」が無くなる・・との会員の情報に、早速訪ねてみました。ここは東区と北区の境界線上で、地名上では北区ですが、お隣さんのよしみで取り上げました。江戸時代、この辺りに蓮の咲く大きな池があり、この中に弁財天の祠が祭られていたそうです。その後、埋め立てられて蓮池新田(注1)と呼ばれるようになったが、その後も祠は大事に祭られており、今も大杉南公園の隣に存在しています。
この祠と並んで、加藤清正公の大きな手形石が据えられています。名古屋に於いて、清正公の人気は1,2を争う大変な武将です。この手形の由来は、名古屋築城の折に、岩崎山から石を運ぶのに稲置街道(注2)を通った清正を、村人が労い、手形を押して欲しいと懇願して戴き、その後それを模して彫ったものだそうです。地名も時の流れに逆らえず、由緒ある地名はどんどん少なくなってきています。
古老にその昔のお話を伺う度に“なるほど”と、往時を偲ばせる地名が現れ、そのつど納得して参りました。名前を伺う度に、せめて、何らかの形で後世に残せないものかと、苦悩していました。
最近「文化のみち」においても、江戸時代から続くお宅(注3)や、明治時代の貴重な建築物が取り壊され、とても残念に思います。蓮池弁財天、清正石は4月15日には引き払われるそうです(注4)。大事な遺産です、せめて直にご覧になり、脳裏に刻んでおいてはいかがでしょうか。(地図、文、蓬左84号、沢井鈴一著・名古屋の街道を行く 参照)

蓮池弁財天地図 CIMG3775
蓮池新田・・・ 蓮池弁財天
CIMG3769 CIMG3770
弁財天祠と手形石 加藤清正の手形

注1:元禄のころまで大きな池があった。その後蓮池新田が開発された。
蓮池の名は、現在の蓮池弁財天に残っている
注2:江戸時代、名古屋城下と犬山城下を結んでいた。犬山街道とも呼ばれた
注3: 居住されていた方のご要望でお名前は控えさせていただきます(現在は更地)
注4:ご近所の方にお尋ねしましたが、今後については分からないとのことでした

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開館日とガイド実施時間

◆旧豊田佐助邸
月曜日休館(祭日が月曜日なら翌日)
開館時間: 10:00~15:30
ガイド常駐日:火、木、土
◆文化のみち二葉館
月曜日休館(祭日が月曜日なら翌日)
開館時間: 10:00~17:00
定時ガイド: 火、木、土
10:45、13:20の2回
30~40分
◆徳川園
月曜日休園
開園時間: 9:30~17:30
定時ガイド: 金曜日
13:00~15:30

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