桜通りと国道41号線の交差点信号機に「高岳(Takaoka)」の表記がされている。その昔、清須越しの際、家康の八男「仙千代」の菩提を弔う高岳院(こうがくいん)が建造され、その院の名称が町名になった。(高岳町(こうがくちょう)、高岳院門前または高岳院前と呼ばれていた)
 「高岳町(たかおかちょう)」とされたのは、明治4年(1871)以降のことで、「岳」を「おか」と読むようになった経緯は明らかでない。その後、昭和51年の町名変更により高岳院辺りは泉2丁目となった。(参考文献、東区史、ひがし百年、名古屋の町名)

PC160505高岳院札 PB100212
高岳院門前または高岳院前と呼ばれていた   かつての地名を今に残している
PC160506山門 現、町名「泉」は【泉のごとく「知恵がわき出す」
「水がわき出す」】との意味からだそうです。
(故老の話から)