新年1月14日、片山神社(芳野二)において、焼納祭(左義長)が行われました。これは神事であることを宮司様から伺い、心静かに参加させていただきました。
 焼納祭とは左義長とも言われ、正月の松飾りや注連縄、古神札、かきぞめなどを焼納することで、この炎にあたるとその年を健康で無事過ごすことができると伝えられているものです。神聖な境内での神事は粛々と執り行われ、その後お焚上げが始まりました。これは数時間続けられるそうで、三々五々集まった人たちは談笑しながら炎との対話も楽しまれているようでした。昨年納められた絵馬も焼納、きっと皆さん願い事が叶ったことでしょうね。その語らいの中で、地方色豊かな「どんど焼き」や昔話を聞かせていただき、その昔、私も祖母と行った懐かしい思い出と重なり、先人の知恵や風習を伝承する大切さを実感しました。

 ここ式内片山神社(注1)は、古書によれば、天武12年(684)愛知県内で最初に崇め祀られた格式たかい古社。主神は蔵王大権現(注2)、祭神は国狭槌尊(くにのさづちのみこと)と安閑天皇が祀られています。名所図会では「蔵王権現社」として記載され、拝殿左側のご神木には蔵王様のお使いと言われる龍神様が祀られているそうです。社叢は蔵王の森と呼ばれていたそうで、今もうっそうとした緑に覆われ“片山特別緑地保全地区”になっています。一歩外に出れば喧騒の世界ですが、ここばかりは今も静寂に包まれた不思議な空間です。「ご神木(切り株)」の上には今も天狗様が座っているよと、古老は話してくださいましたが、謎が謎を呼び別世界へと誘ってくれるかも知れませんね。

 片山神社は名古屋台地の北の端にありますが、東西はかなり急勾配の坂道になっています。当時はうっそうとして暗く、西側は女児の形の化け物がでるから「尼ヶ坂」、東側は妖怪がでるから「坊ヶ坂」と呼ばれていたそうな。尼ヶ坂、今は公園になり、昔の面影を見ることは難しいですが、坊ヶ坂は今も細く暗い道が残っています。ここで近くの学校の生徒さんがゴミ拾いをして笑顔の「おはようございます」と元気な声が返ってきました。なんだかホッとして嬉しくなりました。  
 坊ヶ坂の石垣には、戦争時の弾痕があり、苔むす石も何かを語っているかのようでした。一つひとつの祭事に臨みながら、古の時代を想像して見るのも楽しいものかも知れませんよ。(片山八幡由緒書、ひがし見聞録、当会資料参照)片山神社についてはこちらからもご覧ください。

   静寂の片山神社   厳粛に執り行われ・・
    お焚上げ    1年の無事を祈る
    蔵王の森      坊ヶ坂

注1:古代法典「延喜式」に記載。(収録されている神社は式内社の社格を誇る)
注2:釈迦如来。千手観音菩薩、弥勒菩薩(三身一体の変化身)一切の生物を救う、万能の威力を持つ大神