「白梅の 大げしきなる 野中かな(井上士朗)」
 井上士朗は江戸時代の医者であり(現、東区泉)、「尾張名古屋は士朗(城)で持つ」とうたわれた寛政の三大俳家の一人です。
 梅は春告草とも呼ばれ「香り」や「花のあでやかさ」に、新生活様式の中、待ちわびる春の象徴として心のやすらぎを与えてくれます。
 今回の展示会は、多くの「偉人・賢人・有名人」などの著名人の他、“近代産業”に貢献した人々、また影響を与えた人々にスポットを当ててみました。きっと素敵な出会いや発見に心動かされることでしょう。
 場所 文化のみち二葉館 2階和室
 日時 3月17日(水)〜3月21日(日)10:00〜17:00  

 梅は春告草、風待ち草、木の花(このはな)の別名を持ち、未だ花の少ない頃に、柔らかな香りや風を運んできてくれます。日本には奈良時代に(遣隋使または遣唐使)持ち帰られたもののようです。古来、日本では「お花見」は梅であったと言われているほどです。日毎に春の花々が顔を出し、明るい世界を造りだしています。自然は季節を読み取りながら、間違いなく日本の四季を演出しています。私たちも一歩ずつ・・一歩ずつ「今だから出来ること」を着実に進めていきたいと思います。

 展示に対してのガイドは未だ難しい状況です。皆さまの新生活様式への対応、ご協力をお願いしながら疑問やご質問にはルールを守りながら対応していきたいと思っています。

 東区の歴史を紐解いてみると、古代・中世は広々とした平地であり、当時は現在のような場所は少なかったようです。広い沃野の歴史は伊勢湾沿岸部からはじまり、片山神社遺跡(片山神社本殿)、東吉野町遺跡があり石器、土器などが発見されています。長久寺貝塚は金城学園中学の中に標札があり樹木越しに現状を見ることが出来ます。近世になると尾張藩が誕生し、初代義直から17代慶勝まで紆余曲折を経ながらも脈々と歴史を紡いでいきます。その後明治維新を経て現在の当主は22代義崇さんです。

 明治の名古屋は近代産業発祥の地といわれ、「電力王、福沢桃介」「川上貞奴」「豊田佐吉、佐助兄弟」「陶磁器産業」など起業家が活躍し礎を築き現在に至っています。さあ、ご一緒に東区の魅力発見に出掛けてみましょう。(ひがし見聞録、東区の歴史、現代俳句歳時記、当会資料)
 

     礎を築いた人は?!       螺旋階段
    二葉館全景   ステンドグラス(踊り子)

 文化のみち町並み保存地区    文化のみち白壁通り
 佐助邸前庭の紅梅(昨年)      町の花(白梅)