あまり広く知られていませんが、下街道(善光寺街道)とは名古屋市中区の「伝馬会所札の辻」から、大曽根、多治見を経て「中山道の槙ガ根」に至るまでの58キロをいいます。

 この街道の途中にある「多治見観光ボランティア」の方々が、立冬当日とは思えない暖かな陽射し、澄み渡る青空の下、出発点である名古屋を知るため勉強会の一環として訪問されました。このような学びの交流は、当地でのガイドのみならず、お互いのガイド業務を再確認するためにも素晴らしい取り組みだと思います。更に双方が、点から線へ″街道,知識”で繋がることができた有意義な場であったと思います。

 「多治見観光ボランティア」の方々はお揃いのユニホームを着用され、学びの姿勢は一目瞭然でした。当会員も思わず姿勢を正し、気合のスイッチが入ったのではないでしょうか・・。
 訪れた各所、各所では丁寧に説明をしましたが、訪問されたガイドの皆さんも聞き漏らすまいと、真剣に耳を傾けてみえました。私たちも、この姿勢には学ぶものが多くあったような気がします。
 説明が終わると一つ一つを確認し、質問を受けることもありました。その真摯な学びの姿勢は見習いたいですね。

 また、現役時代の勤務先であったとか、居住しておられた方もみえ、移動しながら懐かしむ方もおられました。「ああ、あの時知っていればねぇ」の呟きも聞こえる場面もあって、周辺はほっこり笑顔に包まれていました。

 訪れた熊野屋(注1)さんでは、江戸時代から続く店内や資料室の見学もさせていただき、ご主人さんからは江戸時代からの変遷を親切にお話しいただきました。この場に居合わせた皆さんは、大変満足された様子でした。
 多治見観光ボランティアの会から寄贈された「下街道」の標札を早速取り付けていただくご配慮もあり大変感動しました。今までは佐野屋の辻(19号線と交差)の道標が頼りでしたが、今後はより分かりやすくなることでしょう。もう一つ発見がありました、出来町通沿いに標札を見つけることが出来ました。ここでは、一度出来町線で分断されますが、今後はその先も辿ってみたいと思います。

 多治見ボランティアの方々からは、大変お褒めをいただきましたが、お互いが学び合う中での情報交換の大切さも実感しました。
 素晴らしい’出会い”ふれあい・学び合い”の場を共有出来た有意義な一日でした。有り難うございました。
 (名古屋の街道を行く、ひがし見聞録、良い食品には物語がある他参照)
注1:江戸時代の享保年間(1716〜)に名古屋城下の赤塚(下街道沿いにある)で油屋を始めた。時代の変遷にともない現在は、食料品(良い食品と伝統食品)を扱っている。

    善光寺街道道標 善光寺街道標札(出来町通り)
  下街道標札(熊野屋)    熊野屋展示室
  薬石碑(再建された碑)    松山神社ガイド
  白壁を歩く・・・       か茂免ガイド