今年の干支は戌(犬)ですが、神社やお寺の境内を歩いていると、狛犬が鎮座しているのに遭遇します。「これは犬?獅子?それとも獣像?」「どこから来たの?」そんな疑問がわき起こり、じっくり向き合ってみたくなりました。 

 この狛犬 みんな一緒と思いきや、時代や地域によって作り方にも特徴があり、材質も様々な変遷を経ていることを知りました。平安時代には左右別々の霊獣で、向かって右が「獅子」で角はなく、向かって左が「狛犬」と呼ばれ角が生えていたそうですが、幾多の変遷を経てきているようです。

 形式は「阿吽(あうん)」が多く、「阿」は口を開けていて向かって右側、「吽」は口を閉じ左側に鎮座しています。これは仁王像に大きく関わっているといわれ、阿吽の表情は霊力の証しもあったそうです。百聞は一見に如かず、冨士神社(東桜1)の狛犬に会いに出かけてみましょう。

 冨士神社は応永5年(1398)創建、かつては3600坪の広大な土地と控地を有し老杉、老松が鬱蒼と繁り神域として清々しさを感じさせる霊地であったとか。現在は、交通量の多い桜通りの南に面していますが、一の鳥居、二の鳥居、三の鳥居を進むうちに、どんどんと静寂の世界へと誘ってくれます。本殿に向かう途中に大小2対の狛犬が厳かに出迎えてくれます。明治13年に奉納された浪速型狛犬?と昭和3年(御大典記念)に奉納された岡崎型狛犬だそうです。神社神宝の陶製高麗狗もあったそうですが、昭和20年の戦災により烏有に帰したそうです。・・が、その神域から一片鱗が発見され神社に収められているということです。

 枕草子には「みやはじめの 作法 獅子 狛犬(中略)御帳の 前に しつらひすへ」と記述されています。後に神社・寺院の本殿内、そして境内に置かれるようになり、宮中の調度から神社の守護獣となり、やがて参道に置かれ、庶民にとって身近で親しみやすいものへと変わってきました。それは、聖域を守るように置かれたもので、参道狛犬と呼ばれ、玉を持ったり、可愛い子連れであったり、威厳の様相をしていたり、表情も様式も様々で結構楽しめそうですよ。参詣の折には是非見つけてください。

 狛犬の語源は、諸説あるようですが、狛(こま、高麗(コマ)、現在の朝鮮半島)から来た犬、白は方向を示すときは西(霊界)にあたり、霊獣と意識し魔除けとして信仰生活に取り入れられてきたようです。

 参道狛犬は江戸時代、石の産地によって出雲型、浪速型が主流でしたが、大正5年岡崎の石工集団「酒井孫兵衛」が現在の姿に通じる量産型の狛犬を考え出し「岡崎型」が主流となり、現在、最も多く見られるものです。石工や奉納者の感性によるところも多いとか。(参考文献:獅子狛犬物語、参道狛犬大図鑑,冨士神社社史など)

  悠久の社へ(一の鳥居)    明治の狛犬(冨士神社)
手前が明治、後方が昭和の狛犬  後ろ姿も魅惑的(冨士神社)
  狐は狛犬のもう一つの主役    昭和の狛犬(冨士神社)
陶製の狛犬(栄国寺,中区)   大正の狛犬(六所神社)