秋彼岸の頃になると不思議なことに必ず咲く曼珠沙華。真っ赤な群生が特長の別名「彼岸花」、突如この時期に図ったように庭先や道端に現れる、自然の神秘を感じます。
 今回は赤繋がりで、赤い鳥居も鮮やかな義市稲荷社を訪ねてみました。この神社、名古屋市工芸高校(芳野2)の東側を北に進むと、北側の石垣沿い奥に突如現れる不思議な稲荷社です。「正一位義市稲荷大明神」を祀り、創建は寛永5年(1628)2月、尾張徳川家の竹腰正信邸に奉斎年々祭祀を続けたが,維新廃藩により上地となり、明治7年7月、共祭公許となる」と、神社名鑑にはあります。
 すぐ近くに「社宮祠神社」という小さなお宮さんがあり、ここも竹腰家に関係があるようです。祭神は伊斯許理度賣命(いしこりどめのみこと)、また日本書紀には石凝嫗命と表記されている鏡づくりの神、指物工芸の守護神としても崇敬されているそうです。伊藤萬蔵氏寄進の標石はありますが、ひっそり佇んでいる小さな祠です。時には横道にそれてみては如何でしょう。

この辺り、弘化4年(1847)の記録を見ると竹腰兵部の新屋敷で、かなり広い御屋敷であったようです。明治になって師範学校が移り、現在は名古屋市工芸高校となり、昔の面影を今に伝えています。
 商売繁盛と言えばキツネを祭るお稲荷さんがありますが、義市稲荷社のキツネも可愛い「よだれかけ?」をかけてもらっていました。桜も植えられているので、春はまた違う姿を見せてくれるのでしょう。この管理、現在は片山八幡神社が兼務されているようです。

 社宮祠神社は民家の間にあり、奥まっているので見つけにくいですが、寂れた風情にちょっとドキドキします。ただ、お宮というよりも民家に入って行くような感じなので、少しためらいながらお参りさせていただきました。社宮祠という祠は、市内にも数カ所あるそうです。神様は三狐神、石神、斎宮神、猿田彦等々、諸説あるようです。いずれにしても霊験あらたかな神様で、民俗信仰でもあったようですが神社庁に属さない社です(昭和46年現在)

 又、名鉄瀬戸線は、河岸段丘を走っていたお話を伺いビックリしました。この辺りは名古屋台地の北端の崖下の低地で、清水駅から森下駅付近までは崖に沿うように進んだそうです。明治44年から昭和31年まで尼ヶ坂と森下の間に「社宮祠駅」「坂下駅」があったそうです。当時、社宮祠神社では盛大にお祭りも行われていたことなどを古老から教えていただきました。思いがけないことから沿線の歴史に触れる機会となりました。
(愛知県神社名鑑、東区史寺社、城下町名古屋・早わかりマップ、日本鉄道旅行地図、当会資料参照、聞き取りなど)

    義市稲荷社 可愛いよだれかけのキツネさん
  社宮祠神社標石と社  標石右面(伊藤萬蔵名)
瀬戸電(戦前の停車駅)  市工芸の石垣と並木道
  緋色が町並みを飾る   道ばたで鮮やかに