今年の世相を表す漢字は新元号の令和の「令」に決まり、清水寺の森貫主は令の冠部分が支え合う形であることに触れ、仲良く助け合い明るく良い年になるよう願いながら書かれたそうです。
 当会も新しい時代を切り開くべく「インスタグラム」での発信も始めました。永きに亘る先達たちの基盤を引き継ぎながら、現在の新方式も取り入れていきたいと思います。
 今回は時代の経過による貴重な遺産「武家屋敷門」の行方と、山吹谷公園の「ゆりの木」伐採についての「今と昔」に迫ってみたいと思います。

 文化のみちにある「主税町長屋門」は、典型的な江戸時代の武家屋敷門です。当時この辺りは中級武士の屋敷のあった場所で、町奉行の平岩家から始まり幕末には、後の内閣総理大臣桂太郎(第三師団長)の宿舎にもなっていました。様々な変遷を続けながらも、当時からずっと同じ場所で優しく人々の営みを見守っている貴重な歴史遺産です。このように、その場所で保存される建造物ばかりではなく、他所へ移築保存される建造物もあります。

 旧兼松家武家屋敷門は、元石神堂筋(現筒井2、桜通沿い)にありました。その尾張藩士兼松家の長屋門は、東山植物園に昭和42年に移築復元されました。竣工は江戸時代といわれ武家門として格式の高いものだそうです。新年を迎えるにあたり当時を再現する門松(葦、注2)は、現在も引き継がれ保存されている貴重な遺産です。圧巻の高さです。(新年1月13日まで展示)
 白壁町にあった19世紀初期建築の「佐地家の門・供待(注1)」は、川崎市重要歴史記念館に移築保存されましたが、市指定重要歴史記念物として、今なお手厚く保存され当時を忍ぶことができます。
 
 山吹谷公園の「ゆりの木」は、幹が腐っているか腐る可能性が高く、倒木の恐れもあることから伐採されると作業をされている方に聞きました。突然のことで驚きましたが、長寿の植物にも寿命はあるのでやむを得ないことですが、見慣れた景観が失せるのは寂しいものですね。今後の植樹は未定だそうです。

 今年も残り僅かとなりましたが、温かくお付き合いくださりありがとうございました。みなさまどうぞ良いお年をお迎えくださいますように。(中日新聞記事、川崎市立日本民家園、東山植物園・当会資料など参照)
【お知らせ】佐助邸は12月29日(日)〜1月3日(金)まで休館となります。
注1:供待とはお供が主人の帰りを待つための施設、一つの建造は珍しい
注2:兼松又四郎正吉が姉川の合戦中に正月を迎え松の代用で葦の使用が始まり

   主税町長屋門     花々に彩られ
 
  兼松家の「葦の門松」   門松の謂われは・・
   
 お供が控えた武家屋敷門   旧佐地家(白壁町)
   ユリの木(新緑の頃)      伐採される木々