待ちに待った春らしい陽気に誘われ、毎年2月26日に開催される「かっちん玉 祭」に行ってきました。六所神社は、建久年間(1190〜99)創建と伝えられ、社内六反歩と記された書物(注1)もあります。その昔、境内はうっそうとした樹木で覆われ、「暗がりの森」といわれ、その森自体が御神体として崇拝されていたと伝えられています。六所神社は古く、本地仏として子安観音が祭られ、子安(安産)の宮として広く崇められていたと伝えられています。
 かっちん玉とは竹の先に白、赤、青、黄の飴を丸く 練り固めたもので、例大祭の2月26日にしか買うことができないものです。この玉は、境内の用心のための松明を、また赤ちゃんのへその緒を形どったものとも言われています。春風を探しに出かけて見ませんか。

 安産、生育、厄除け守護と言われるように妊婦さん、お子様さん・お孫さん連れの方々の顔が多く見られ、微笑ましい光景があちこちで見受けられました。安産のお礼参りに見えたらしい方もおられ、お参りをされる本殿前の列は途切れることなく続いていました。
 普段は悠久の世界を思わせる神秘的な神社ですが、この日はかっちん玉の色合に象徴されるように、境内は華やかな雰囲気とお喋りの花?が咲いていました。梅の花も丁度時を得て、一角を確保して咲いていました。こんな中、思いがけないご接待を受け、楽しいお話を伺うことができました。十数年前の12月30日、大掃除を終えたご本殿にノスリ(鷲鷹科)が舞い込んできたそうです。ここは中日ドラゴンズも優勝祈願をするところですし、ノスリは「一富士・二鷹・三茄子」といわれる初夢にもあることから、新年に向けての良い暗示かと思われたと、当時の新聞は伝えています。ノスリは生態系の頂点に君臨する鳥(注2)だそうですので、きっと何かを伝えに舞い降りたのでしょう・・。

 古老のお話しでは、「明治の頃、赤痢が流行したときにも矢田村では、ひとりの患者も発生せず難を逃れた、難産の夫人は一人も居ないのはご守護のお陰である」とのことでした。またかっちん玉の謂われも、子どもたちが飴の固さを比べ、ぶつけ合ったときの音だとの微笑ましい伝聞もあり、様々な昔話や伝説などが今に受け継がれているようです。この鎮守の森の伝説や行事が守られ、将来までずっと引き継がれていくことを祈りたいものです。
 時にはしじま(静寂)の中に身を置いてみるのは如何でしょう。(六所神社由緒書、聞き取り、鳥類図鑑参照)

   通常は静寂の境内   本殿前は人の列が・・・
 境内には露天が並んで・・   鮮やかなかっちん玉
  優しく春風にゆれて  事実を伝えて(新聞記事)
  お稲荷様も一役かって 龍神社(ドラゴンズの祈願所)

注1:寛文村村覚書、尾張徇行記
注2:生態系が崩れると絶滅の危機に