33日はひな祭りですが、東区では雛巡りスタンプラリー、徳川家の雛まつりなどが開催されています。道路沿いでは、春を運んでくる梅や福寿草、菜の花が道行く人を楽しませてくれます。
 ひな祭りは古くは「上巳の節句」「桃の節句」と呼ばれ、起源は中国といわれています。古代中国で3月の最初の「巳の日」に水辺に出て穢れ(けがれ)や災いを祓う行事が起源で、日本には7世紀に伝来したといわれています。平安時代には宮廷の年中行事となり、江戸時代には次第に盛んに行われ、その後、庶民に浸透したという変遷をしてきたようです。中国の思想と日本独特の風習が一緒になったものと考えられ、現在でも「流しびな」として下鴨神社では再現されています。この伝統を受け継いでいる雛たちに出会いに出掛けてみませんか。

  桃の節句は「五節供(五節句)注1」の一つで、これらは季節の草や木に関連していて、食することで邪気を祓うことが目的だったようです。

 また、平安時代の古典、源氏物語や枕草子などには貴族の少女たちの遊びとして「ひいな(ひひな)」という風景が描かれています。「ひとがた」と「ひいな」が結びついて、お雛様が生まれたそうです。江戸時代になると、平安時代の宮廷を模した雛壇の雛人形になっていった歴史があるようです。

  徳川美術館では、享保雛をはじめ年代を見つめる豪華な雛壇や伝統工芸の数々が展示されています。陶磁器会館の雛は、陶磁器の変遷を観ることが出来、様々な年代の雛たちの楽しげな会話が聞こえてくるようで、思わず見入ってしまいました。

 二葉館では「福よせ雛」が新しい活躍の場を見つけ、お雛様の暮らす町を演出したり、「笑顔と福」を呼ぶ雛に生まれ変わっていました。橦木館では和室に並べられた可愛いお雛様たちが、静かに時を刻んでいます。

 名古屋城のスタンプカードでのスタンプラリーは、全てを巡り完了しました。景品はありませんが、それに優る歴史と伝統の見聞があり、お雛様との語らいを楽しみながら終了しました。
 少し角度を変えてみると新たな気づきや出会いが待っていますよ。きっと!

  佐助邸でも床の間に可愛い雛(会員所有)が、皆様の来邸を待っています。その昔、佐助さんのご家族がお子さまの幸せを願い、穏やかなひとときを過ごされたことでしょう。

注1:①人日の節句(七草)、②桃の節句(よもぎ)、③端午の節句(菖蒲)、④七夕の節句(竹、瓜)、⑤重陽の節句(菊)

   佐助邸のお雛様 貞さんの愛したお雛様(2/8撮)
 橦木館の可愛いお雛様   陶磁器会館のお雛様
  笑顔と福を引き寄せて   徳川園茶室で穏やかに
   水仙の道案内・・   福寿草も顔を出して・・