「先づたのむ 椎の木も有り 夏木立(松尾芭蕉)」
 早くも夏木立の恋しい暑い一日、活動の一助となるよう研修会を実施しました。今回は明和高校前街園(白壁2)から片山八幡神社(徳川2)までの1.6キロを「百聞は一見に如かず」と、見て歩きをしました。
 縄文時代、この辺りは熱田から続く名古屋台地の西北端に当たり、海が入り込み、有史以前から人が住むのに適した土地だったようです。当時の貝塚の標札や出土された土器などが、それを今に伝えています。
 江戸時代、名古屋城は台地の西北にあり、その東北の鬼門鎮護とされるこの地域には寺社が多く、古文書や昔話も多く残されています。古の謎を解きながら、ご一緒に“昔と今”を辿ってみましょう。

 先ずは周辺の概要を皮切りに、資料片手に一つ一つを丁寧に確認しながら、宮沢賢治の「雨にも負けず・・、夏の暑さにも負けず・・」の詩ではありませんが、熱中症への配慮も忘れずに出発しました。
 はじめに“七尾の亀”伝説の「七尾神社」。令和元年、令和の幟が時折吹く青嵐(あおあらし)に大きく棚引いていました。境内の亀に七度水をかけると願いが叶うと言われています。また2月25日には梅干しもいただけるとか、受験が近くなり大勢の学生さんと遭遇したことを思い出しました。
 細い路地を辿りながら、歩を進めます。急坂の志水坂も「この坂道・・」と分かる程になってしまい、名古屋三名水の志水の泉は国道41号線に埋もれてしまっていました。

 名古屋台地の北端は、旧矢田川の河川段丘で高低差12〜17メートルの崖が東に続き、この崖からの眺望は大変良かったそうです。長久寺の書院からの眺めは、長久寺八景として尾張名陽図会に載っていますし、名古屋三景の一つに選ばれた関貞寺や、月の名所として尾張名所図会に描かれている了義院も、素敵な構図の画が浮かんでくるかも知れませんよ。
 蔵王権現・天狗伝説の片山神社は、遺跡なども出土したと聞いています(宮司様談)が未確認です。坊が坂は、今なお暗い坂が存在する数少ない場所です。
 昔の銭湯跡や御屋敷跡、市電の痕跡を辿りながらの研修に、あちこちで感嘆の声が上がる貴重な場となりました。質問、疑問には先輩の適切な説明も加わり、今後の活動へと繋がっていくことでしょう。

 当会では、皆様方のご要望に合わせた依頼ガイドも行っております。詳細はHP「ガイド」からお進み下さい。(名古屋の街道をゆく、古代遺跡を歩く、歳時記、当会資料他)

   概要説明(緑陰の中で)   七尾神社 (七尾の亀)
本堂の屋根は錣(しころ)葺き     長久寺貝塚標札 
   
 鬼門鎮護の社・片山八幡神社   了義院(芭蕉の三日月塚)
   
  古の面影を残す 坊が坂   蔵王の森・片山神社