「東区文化のみちガイドボランティアの会」が名古屋市東区「文化のみち」の魅力を紹介します

豊田佐助邸

豊田佐助邸のイメージ

自動織機の豊田佐吉の三弟豊田佐助の住居です。
火曜日、木曜日、土曜日の10:00から15:30まで常駐ガイドをしています。

文化のみち二葉館

文化のみち二葉館のイメージ

ここには、日本の女優第一号の川上貞奴と電力王福沢桃介が暮らしていました。
火曜日、木曜日、土曜日の10:45と13:20の2回。定時ガイドをしています。

徳川園

徳川園のイメージ

2005年万博の前年11月に開園された「池泉回遊式」の大名庭園です。
金曜日の13:00から15:30まで常駐ガイドをしています。

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鈴木政吉と安斎院

 当会では、来館された方々に寄り添えるガイドを心掛けていますが、その他に「ガイボラ文会」と称して、各人が地道に調べ探求した結果を発表しながら、お互いに学び合う場を定期的に設けています。
 東区が生んだ偉人の一人に「人生をヴァイオリンにかけた創造者」である鈴木政吉がいます。今回は鈴木政吉がヴァイオリンの製作の過程で出会い、糸を紡いでいく中で知った、当会と関係あるお寺と場所にスポットを当ててみたいと思います。

 6月文会は『「ヴァイオリンの音色に魅せられて」受け継がれた鈴木政吉の志』のお話でした。幾つもの驚きと感動に圧倒され、思わず前のめり状態になってしまいました。特に興味を覚えたのは、政吉がドイツ留学の折りに、徳川義親氏との出会いがあったからという場面、そして大好きなアインシュタインと政吉との間に親交があり、かつ演奏仲間であったことは驚愕でした。 

 「えっ?!あの徳川園を名古屋市に寄贈された義親様との繋がりにまたまたびっくりでした。そして東寺町に「曹洞宗 安斎院」がありますが、その総門を明治41年に政吉が寄付(注1)されていることも然りです。
 偉大だったと誰しもが認める方がぐっと身近に迫ってきました。この思いがけない糸を手繰ってみたくなり、安斎院から徳川園への散策に出かけてみました。

 安斎院も、ゆとりを持って心静かに向き合ってみると、境内(門外から観賞)も静寂の中で静かに時は流れており、真っ青な空にゆったり流れる白い雲、掃き清められた境内ではヴァイオリンの音色が流れているかのように感じたのは私だけでしょうか。

 総門は重厚さで存在感もあり、そこに施されている鳳凰の彫刻は今にも羽ばたいていきそうです。塀には、ちょこんと二人の僧が優しく見つめています。これは中国唐代中期の高僧「寒山、拾得(かんざん、じっとく)」だそうです。様々な説もあるようですが、これに豊干(ぶかん)を加えた四睡図(注2)は禅の境地を示すもので、お釈迦様と文殊菩薩・普賢菩薩とも言われているそうです。森鴎外の著した「寒山拾得」を読まれてみるのも面白いかも知れません。この四睡図に関連づけて徳川園の里山にも「四睡庵」があり、穏やかな空間を演出しています。そして、この四睡図の図柄が日光東照宮にも彫刻されているとのこと・・ご存知でしたか?
 次から次へと、夢の広がっていくこんなルートの散策は如何でしょうか。

     安斎院門      鳳凰彫刻
    寒山拾得     塀と緑陰
   水琴窟と四睡庵     文会の様子
  松山公園の花     アメリカデイゴ

注1:木札(棟札)が現存している 
注2:画題の一つで、中国唐代の三人の僧と一匹の虎が寄り添って眠っているところを表している  

「筒井町天王祭 湯取車」見てある記

 去る6月2、3 、4 日に東区筒井町、出来町一帯で天王祭が開催されました。清々しい絶好の祭り日和に、賑やかな祭囃子や、豪快な方向転換など活気溢れる町がそこにはありました。名古屋東照宮祭と関係しているとの情報を得、興味津々で筒井町天王祭「湯取車(ゆとりぐるま)」の曳行に密着してみました。

   この山車は、東照宮祭礼車として桑名町(現、中区丸の内2)が万治元年(1658)に新造し、幾度かの改造を経て天保2年(1831)に情妙寺前(現、筒井町四丁目あたり)が譲りうけたものだそうです。東照宮祭には9輌の名物山車があったそうですが、昭和20年の戦災により全て焼失してしまいました。筒井町の湯取車は、東照宮祭の歴史を担う現存する唯一の山車で、初めて屋根がついた山車だそうです。

 人形は屋台に大将人形(安倍晴明)、巫女人形、太鼓打ち人形、笛吹き人形(鼻こすり)が乗り、湯気を象徴として「湯の花」と呼ばれる白紙の細片が釜から吹き上がる場面は見応えがあります。「湯取車」の謂れは神子(みこ)が湯取神事を行うからくり人形を乗せているのでその名があり、別名「神子車」とも呼ばれたそうです。

 水引幕は昼と宵で異なり、昼には大幕の「猩猩緋・緑・紺」の縱継幕と雲竜の刺繍をあしらった水引幕、宵には大幕の「猩々緋」と水引幕の「麒麟・鳳凰・亀」を用いられています。この水引幕に注がれた情熱・技量だけでも、じっくり観賞するのに値すると思います。

 山車曳行は、揃いの袢纏、子供の浴衣姿が一層華やかさを演出しています。出会いやからくり人形の舞、山車の見事な方向転換やドンデンが行われる度に、大きな歓声が沸き起こっていました。
 夜間曳行では、堤燈が多く取り付けられ幽玄の世界へと誘ってくれます。「湯取車」と「神皇車」の二輛曳行や、仄明かりの中でのからくり人形の舞は、一味違った趣を醸し出していました。

 圧巻は楽日行われた徳川園での5輛の山車揃えでしょう。また、10月には「名古屋まつり」の一環で繰り広げられる山車揃えがあります。江戸時代を彷彿とさせる光景は、見応えも十分ですよ!(参考文献:名古屋の文化財、市山車報告書、名古屋祭。湯取車HP参照)

    町内曳行      屋根神様 
    水引幕 雲竜       水引幕
  湯取神事 からくり   徳川園 山車揃え
   筒井町 2輛曳行   見所・・方向転換

名古屋東照宮を正式参拝しました

 本年4月頃、名古屋東照宮を訪れた際、御本殿が近いうちに補修工事に入ることを伺い、さらに工事着手前に内部を拝見させていただけることになりました。
 そして去る5月22日(月)、名古屋東照宮を正式参拝する機会に恵まれ、その上、宮司様から名古屋東照宮の起源や、東照宮御鎮座400年記念にいたる歴史などについて、詳細に且つ具体的に大変貴重なお話しを伺うことができました。

 名古屋東照宮の創建は元和5年(1619)に尾張徳川家初代藩主、徳川義直により名古屋城三之丸に社殿を創建された。創建当時の建物は国宝であったが、戦災に遭い消失してしまい現在の本殿は、義直公の正室高原院殿(春姫様)の霊廟(注1)を移築したものであることなどのお話しを伺うことが出来ました。 

 境内に入ると、先ず手水舎で身を清め、ご本殿へご案内いただきました。
ご拝殿においては、宮司様のご指導、ご指示に従い神事は厳粛な雰囲気の中で執り行われました。
 拝殿内の随所に浅野家(春姫様の実家)の家紋が刻まれていることも初めて知ることでした。初めて見るその荘厳さにただただ感嘆するばかりでした。
 内陣の天井画は狩野探幽派の絵師の作品であり、室内に施された彫刻の一つひとつに当時を彷彿とさせるものがあり、その見事な彩色に往時を偲ぶことができ、貴重な体験にもなりました。

 「名古屋祭」は東照宮創建の1年前(1618)、名古屋城の一角で家康の三回忌を祀ったことから始まりました。のちに魂を御輿に移し、元和6年(1620)御旅所を、若宮八幡社の北に設け神幸行事を行ったのが始まりとのことです。この神幸行事が山車祭のルーツであるとのことでした。戦前は、各町内から9両の「からくり山車」が出て、名古屋の町を練り歩く盛大な祭礼だったそうです。
 1輛目が東照宮に着いたとき9輛目はまだスタートしていなかったという逸話も残っているそうです。残念ながら、この山車も戦災で焼失し、現在は神事のみが残り、毎年4月16日舞楽奉納,翌17日(注2)に大祭が行われています。16日に行われる舞楽は、幽玄の世界へと誘ってくれるほどの舞が奉納されます。必見の価値はあると思います、是非一度ご覧ください。

 壮大な歴史の変遷や当時の生活を偲ぶ貴重な研修の場となりました。宮司様から濃やかなご配慮を頂き、そして多くを学ぶことが出来たこんな機会をいただけましたことに、心から感謝申し上げます。ありがとうございました。
(東照宮の栞参照)

   名古屋東照宮    正式参拝の様子
 内陣天井画(狩野派作)      小組天井
  随所に浅野家の家紋   当時の山車祭の様子
 
 東照宮御大祭(舞楽奉納)  東照宮御大祭(舞楽奉納)

注1:慶安4年(1651)建立。昭和35年県重文に指定
注2:家康の命日

徳川園のこのごろ

「目には青葉 山ほととぎす 初がつお(山口素堂)」と詠われるように、園内は今、「青モミジ(注1)」、スダジイ等の青葉、若葉で溢れています。つい先日まで、日向を求めて集ったのが嘘のように、強い陽射しを避けて木陰を求めるこの頃です。

 華やかさはないのですが、テイカカズラやマユミ・センダン・スダジイが可愛い花を付け、初春の鮮やかな彩りとは趣を変えた、優しい香りが道案内をしてくれています。

 大曽根の瀧の水音や川のせせらぎが、心を和ます空間を作り出し、マイナスイオンも製造しているのでしょう。この辺りを散策する人が目立って増加して見えるのは気のせいでしょうか・・。肌寒さから解放され、気も心も解きほぐされて会話も弾んでいるようです。

 龍仙湖では、餌を目当てに人声や足音に敏感に反応して集まる鯉や鳥の軍団に圧倒されますが、一方ではこの集団に餌を分け合ったり、買いに走る人がいたり、賑やかな笑い声に誘われて、この周辺にはいつの間にか大きな輪が出来ています。折から吹くそよ風、鯉の餌をめがけて集まるカモや鳩、小鳥が思いもかけない波紋を作り出しています。そんな景色を楽しんでみるのもいいかも知れませんよ。カメラにスケッチとこの刹那を記録されるのも楽しい記録、記憶になると思います。

 新緑の枝を優雅にゆらすロッカクヤナギ・西湖堤も一役買って瑞龍亭からの眺めは圧巻です。清々しいこの環境、時には立ち止まって五感で楽しみ、ゆったりと静かに身を委ねてみてはいかがでしょう。新たな発見があるかも?!し・れ・ま・せ・ん。

   せせらぎに誘われ    豪快な水音が・・
   幽玄の世界へと・・    青モミジと語らい
  自然の描き出す絵画?!   穏やかな陽射しに・・
  可憐なテイカカズラ   さざれ石と花の競演

注1:京都の観光地で「モミジの若葉」をこう呼び始めた事から・・とか。

 

 

東区・街並み 今とむかし展示 報告

 つい先日の大型連休中に展示の場は設けられましたが、老若男女、多くの方々に立ち寄っていただき、その場でも「今とむかし」をめぐる人間模様が写し出されていました。

 ナゴヤドームでは野球の試合があり、ある有名なグループのコンサートが開催されていたようで、地下鉄駅から続く通路には人が溢れ、思いもよらない光景が写し出されていました。休日の楽しみ方は、各人様々でまさに“みんな ちがって みんないい”ですね。

 東文化小劇場で開催されている公演「戦後を語り継ぐ第4弾「約束」」の観劇後に立ち寄って行かれる方は、興味深げに丹念に作品を読まれ、当時を偲んでおられるようでした。また親子連れの方は、昔の様子を優しくそして懐かしそうにお話され、お子様は「え!路面電車が・・・」「ここはどこ?」と興味津々の様子でした。展示の場は温かな空気が漂い、歴史を伝える恰好の場となっていました。このようにして、次の世代に伝承されていくんだなと実感しました。

 当時からずっとこの近くにお住まいという方から、昔の様子や変遷を詳しく伺うことができました。その急激な変貌の様子を伺うにつけ、或いは小学校の変遷を尋ねられたり、建物の写真を見て、この場所は何処ですか?との質問を受ける度に、会話を楽しみながらも、大きな宿題をいただくこともありました。またまた貴重な学びの場を体験することができました。

 この展示を見ている内に大きな気づきもありました。展示物を作成した後にも幾つかの変化があること知りました。伝承と共に、まだまだ見逃せない“今“があること、永い歴史の中では小さな出来事も全てに意味があることを知りました。理由は地震対策であったり、高齢化であったり、建物の耐久性の問題であったりと千差万別ですが、「相田みつお」の言葉にもありますが「今を大事に」していきたいと痛感した展示会でした。皆様からいただいたアンケートを活かし、今後の活動に繋げて行きたいと思います。貴重なご意見ご感想ありがとうございました。

  展示作品の数々・・   時空間を移動?! 
   会話も弾んで    作品に見入って
     道案内?!     天に向かって

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